中学校現場ににおける中国帰国生徒の現状と受け入れの課題
― 帰国生徒に必要な対応とは ―

倉谷治賀子
(広島市立幟町中学校 帰国・入国生徒学習教室)

《目 次》
  Aはじめに
  B中学校における帰国生徒受け入れの現状
     B−1 広島市の帰国者の現状
     B−2 帰国・入国生徒学習教室の概要
  C帰国生徒の学習について
     C−1 生活日本語から学習言語へ
     C−2 日本語指導から各教科指導へ
     C−3 定期テストと評価
     C−4 帰国生徒の進路
  D帰国生徒の生活適応指導について
     D−1 帰国・入国生徒学習教室での生活適応指導
     D−2 所属クラスでの取り組み
  E学校現場における今後の受け入れ課題
     E−1 学校の中の帰国生徒受け入れ体制
     E−2 帰国生徒教育のあり方


@ はじめに

 異文化圏から来た生徒のための日本語教育、それに付随して適応指導や教科指導が学校現場に求められるようになって久しい。海外帰国子女を始め、両親の就労や留学による入国生徒、そして中国残留孤児・婦人の永住帰国に伴い途日した2世・3世など、様々なバックグラウンドを持つ生徒が現場に混在している。そのような生徒が増えれば、必然的に状況に応じた対応が求められる。入国生徒には入国生徒の、海外帰国子女には海外帰国子女の、中国帰国生徒には中国帰国生徒のそれぞれの対応があるだろう。ここでは、中国帰国生徒(以下、帰国生徒)への学校現場における対応を考えてみたい。
 帰国生徒は家族もしくは親族が日本人であるという理由により、日本に移住してくる外国人であるといえる。そして基本的に日本に永住する。よって同じ中国出身者でも、いずれは自国へと帰っていく入国生徒とは異なる。また、同じ「帰国」とはいえ、帰国子女と呼ばれる海外で生活をしてきた日本人生徒とも経済状況、教育条件などにおいてかなり質が異なるといえよう。彼らは日本人の血が入っているとはいえ、中国人社会で育ち、中国語を母語とするれっきとした中国人なのである。
 ここで、レポートのポイントとなる帰国生徒の教育における課題を提示しておきたい。それは大きく3つに分けられる。1つ目は学習指導上の課題である。日本語学習から始まり、その後の教科学習への導入、一斉授業での学習、進路の問題といった学校現場において最も大きな課題である。この点が順調にいけば、彼らが日本で生きていく上での大きな支えとなる。将来に大きく影響する進路選択の問題も重要である。
 2つ目は生活指導上の課題である。これは文化習慣の相違による異文化間の問題から生じることが多い。彼らは学校生活を送る上で様々なストレスにさらされることになる。コミュニケーションがうまくとれない、学校で当然のようにみんながやっていることが把握できない、生活習慣や食習慣が違うことで疎外感、羞恥心を感じる、など我々が予想だにできない細かなところでも、彼らは色々な思いをしている。彼らの多くがあまり豊かでない生活をしてきたという背景も大きく関与しているだろう。
 3つ目は家庭の抱える問題である。多く中国帰国者(以下、帰国者)の家庭は、自分たちの共同体に閉じこもった生活を送りがちである。そうせざるを得ない状況があるのは確かであるが、生徒たちにとっては決して好ましいこととはいえない。狭い人間関係の中では偏ったり間違ったりした情報が罷り通り、それが常識のようになってしまうこともある。それが日本社会や学校制度に関することであるなら、生徒たちの将来にも関わる問題となる。また、生徒が日本語を身につけていくにつれて、中国語での親子間のコミュニケーションが思うようにいかなくなることも多い。思春期にさしかかる時期でもあり、親への不信感を持つケースもある。
 このような多くの課題を抱える帰国生徒が、日本社会でいかに自立し充実した生き方ができるかは、やはり彼らを受け入れる学校現場の対応によって大きく違ってくるであろう。
 以上のような課題点を踏まえ、このレポートでは一中学校における帰国生徒の受け入れ状況についての実践報告をしたい。もちろん一概にあるやり方がベストであると言い切ることはしないし、それは不可能である。本校と同じような状況である学校現場の方が珍しいだろう。しかし状況が異なっていても、参考にできる部分はあるかもしれない。ぜひこれを叩き台にして様々な取り組みにつながるものになればと思っている。帰国生徒に関わる問題を考え、実践例などの情報を共有することは、教育の多様化に応じるひとつの方法だといえないだろうか。画一的な教育では対応しきれない現状を認識し、問題に応じて実践的に取り組み、解決策を模索していく姿勢は、現在取り沙汰されている学校現場の諸問題の解決、ひいては日本社会のあり方への模索につながっていくのではないだろうか。

 

A 中学校における帰国生徒受け入れの現状

B−1 広島市の帰国者・帰国生徒の現状

 帰国生徒の問題を考える前に、広島市内の帰国者の現状について、少し触れておきたい。帰国生徒の問題を考えていく上で踏まえておかなければならない背景である。しかし一口に帰国者といっても多様である。特に帰国が始まった20年前のころと比べると世代が移り、彼らだけではなく日本社会も変わったこともあり、すべてを包括することは難しい。ここで触れることができるのは現在我々が接する中学生、その家庭、親族のことであることを先に言っておきたい。また、あくまでも学校現場の視点から見た傾向であることを付け加えておく。
 広島市の帰国者の多くは県や市の公営住宅がある特定の地域に集中している。学区内にそれらの公営住宅がある公立の小・中学校は約20年前から彼らを受け入れている。筆者が勤めている広島市立幟町中学校もそのひとつで、1988年に初めて3人の帰国生徒が入学して以来、1992年に帰国・入国生徒学習教室(以下、文中では、帰入国教室)が設置され、現在では4人の入国生徒を含めて42人の帰国入国生徒が在籍している。広島市内の中学校には本校を含め、日本語学習教室を持つ学校が2校あるが、ブラジルやペルーからの日系労働者関係の生徒が多かった一方の教室が縮小気味なのと対照的に、帰国生徒が多い本校は拡大傾向にある。
 広島県には県東部に広島中国帰国者定着促進センターが、広島市内には広島県中国帰国者自立研修センターがあり、国費で帰れる1世とその家族は、帰国後それらの公的な機関で自立のための研修を受けることができる。しかし自費帰国の2世とその家族には、現在のところそのような受け入れ体制はない。よって日本語も日本の生活についても何も知らないまま、学齢にあたる子どもたちは公立の学校へ、一部の大人は夜間中学校へと入ってくる。必然的に学校現場で日本語教育や生活指導が求められてくるわけである。
 ここ何年かで帰国してきた家庭の多くは、まだ自立しているとは言い難い状況である。ほとんどの場合、生活保護や準要保護に頼って生活している。親族や同じ帰国者同士の狭いコミュニティーを形成しており、外部、つまり日本人と接触を持たなくても暮らしていける状況である。その中で、日本社会との接点となるのは子どもたちである。彼らは否応なく学校という日本の社会に入り、日本人とともに生活を送らなければならない。つまり親よりも大変な試練を彼らは強いられるわけである。場合によっては親の不適応、就労問題、滞在手続き、国籍取得など、子どもが両親や家庭の不安を抱え込むこともある。
 帰国生徒は日本生まれの者、幼少時帰国した者、小学生時代に帰国した者、中学生になって帰国した者とに分けられる。帰入国教室がケアするのは、主に帰国後の期間が短い生徒(約3〜4年までが目安)となる。彼らは日本語がゼロ、もしくは不十分な状態のため、理解が困難な教科がある。また、クラスメイトや先生とコミュニケーションがとりにくく、その上日本の食習慣や生活習慣に慣れていないため、違和感を持ちながら生活している者もいる。そのため自信を喪失したり、大きなストレスを感じたり、感情が不安定になったりすることもある。しかし懸命に日本語の学習や、日本の学校での適応に本人が頑張っているときである。周囲の励ましや支え、また実態に即した長期的な学習指導が求められる時とも言えよう。
 もちろん帰国生徒は帰国後の期間が短い生徒だけではない。一般に、日本生まれや幼少時に帰国した生徒は日本人生徒と変わりなく生活している。日本語で不自由することはない。しかし、両親が日本語が話せない、日本語が話せたとしてもごく限られた「外国語」としての日本語でしかないケースがほとんどである。よって日本語特有の言い回しや細かいニュアンス、諺、語彙、漢字などの力は不足しており、そのために教科学習で伸び悩む生徒が多い。日本人の子どもたちは家庭の中で意識しないうちに、学習の下地となる基礎的なこと(学習に必要な言葉や日本の常識や様々な知識)などを学んでいっているのだが、帰国生徒にはその機会がないのである。これらのハンデキャップにも、配慮が必要であろう。また、両親とコミュニケーションがとれなくなり、家庭での教育が行き届かなくなるケースもある。これらの問題にも関わっていかねばならない。

B−2 帰国・入国生徒学習教室の概要

 以上のような背景があることを踏まえ、帰国生徒受け入れについて報告していきたい。まず本校の帰入国教室について概要をまとめる。帰入国教室は1992年度より設置、それまでは中国語のできる時間講師が一定期間のみ配属され、担当していた。設置以降は校内からの加配教員1名と常駐講師1名で担当してきた。現在の担当者は理科の教員と日本語教育の知識がある常駐講師、中国語のできる時間講師で構成されている。いずれも帰国入国生徒教育は初めての経験であった。
 帰入国教室の具体的な活動は以下に挙げる帰入国教室の運営目標に沿って行われている。
(1) 日本語能力の不足により学力の習得に困難を生じている生徒に対して、日本語の指導や教科の学習指導に努める。
(2) 帰国入国生徒の仲間作りを推進し、生徒たちが共に支えあい、自分が生きてきた生活や文化、民族などを誇りに思って生活できる体制を作る。
(3) 進路の保障に展望し、各学年の教師と共に生徒の学力の習得や保護者に対する取り組みに努め、進路選択について考えていく。
 これらを軸として、帰入国教室だけではなく、学校全体が問題に取り組んでいる。全職員が帰国・入国生徒の経緯や実態を把握し、国際理解教育や異文化理解教育に関する理解を深める研修をしている。また、バザーでの餃子販売といったPTA活動を通して、全ての保護者への啓発も行っている。つまり帰入国教室は帰入国生徒教育を中心となって担当する立場であるが、決して帰入国教室だけが活動を行っているわけではないのである。来年度(1998年度)からの文部省の研究指定校に選ばれたため、より一層それらの体制は強化されることが期待される。
 帰入国教室の主な活動として、帰国入国生徒の能力に応じて取り出し授業をしている。個人差はあるが、週4〜15時間は、一斉授業は受けず、帰入国教室で学習する。現在取り出し授業を実施しているのは9名である。帰国してすぐの生徒には学校生活に必要な語彙やあいさつ・会話を優先した日本語指導をし、次第に各教科の導入、一斉授業に戻る前の事前学習などをしており、生徒の状況に応じて授業は多様である。
 その他新入生歓迎会、餃子作り、進路説明会などの行事を組んでいる。また、教室内には中国に触れられるもの(中国語で書いてある本や雑誌、ビデオや地図など)を置き、来室してリラックスできる場を作っている。所属クラスでは緊張している彼らにとって「そこにいけば仲間がいる」「思い切り中国語を話せる」「上手じゃない日本語でも、一生懸命話を聞いてくれる先生がいる」という場所となっているようである。
 また、家庭との連携も欠かせない。新規入級生徒全員に対し、担任と共に家庭訪問を行っている。生徒の家庭状況の把握と共に帰国入国の経緯を知り、指導の参考にしている。更に必要に応じて随時家庭訪問を行うこともある。
 保護者会も行っている。帰国入国生徒の保護者は、日本語ができない上に日本の学校制度や教育事情など全くわからないため不安を抱えている者も多い。また不安を取り除くだけではなく、学校や教員との信頼関係作りにも役立つといえるだろう。

[帰国・入国生徒学習教室行事]

4月・新入生の歓迎会(教室を紹介し仲間を知ることによって来室しやすくする)
5月・新入生保護者会/家庭訪問/ 定期テスト対策
6月・生徒、保護者と教員を交えて餃子作り/3年生保護者会
7月・定期テスト対策/七夕/夏期補習/水泳指導/担任に暑中見舞い
8月・夏期補習
10月・定期テスト対策/合唱祭取り組み
11月・3年生保護者会
12月・定期テスト対策/担任に年賀状/冬期補習
2月・定期テスト対策
3月・卒業生へのメッセージ集作り/スピーチをビデオ収録

★その他随時家庭訪問、編入生歓迎会、料理会など

 上のように、帰国生徒に関しては教科指導、進路指導、適応(生活)指導といった方面の取り組みが必要となってくることが言える。次の章からは帰入国教室を中心とした本校での帰国生徒教育についての実践を具体的に報告していきたい。

B 帰国生徒の学習について

C−1 生活日本語から学習言語へ

 Bでも述べたように、帰入国教室では取り出し授業を行っている。帰国生徒への対応で、最も望まれるのは日本語のできない生徒への日本語指導であるが、日本語の授業についてはこの報告で具体的には触れないことにする。近年、各教育機関において日本語教育についてはかなり研究や実践が進んでいる。今更ここで取り上げる必要はないだろう。ここでは日本語指導の後の段階として必要な、教科指導についてまとめていきたい。
 「日本語をどう教えるか、日本語ができるようになるためには…」というのはこれまでの外国人生徒教育の中心であった。しかし、日本語だけの問題ではないことをここではっきりと言っておきたい。特に帰国生徒の場合、生涯を日本で送る可能性が高い。ほとんどの家庭が日本国籍取得を望んでいる。つまり日本人と同じ条件で進学やその後の就職をしていかなければならないのである。そこで日本語が障害になるのは当然のことだが、そのハンディの克服をいかに具体的に支援してやるか、そこまでを見越した対応が望まれるのである。幸いなことに、帰国生徒たちは、言葉の習得において柔軟な素質を持っている世代である。日本語習得を効率的に行い、その後は進学などを念頭に置いた教科学習に移行していかなければならないだろう。最終的な目的は日本語を習得することではなく、それを運用して教科学習に取り組める力を付けてやることなのである。いわゆる「学習言語」は実際の教科学習の中でしか身につけることはできない。よって帰国生徒の持つ能力に応じて、各教科の基礎知識などを付けながら、教科学習に取り組ませていかなければならない。これは決して「勉強」に偏るということではなく、彼らの日本での適応を学力保障の面からも支えてやるということである。言葉の壁を乗り越え、順調に学習できているという自信とその際生じる緊張感は、異文化で暮らしていく上で精神的に大きな支えとなろう。

C−2 日本語指導から各教科指導へ

 ここでは我が校で実践している編入時の日本語指導から国語科を含めた各教科の導入、一斉授業への橋渡し、フォローについてまとめてみたい。

《日本語/国語》
 日本語のわからない状態で編入してきた生徒には、まず外国語としての日本語を教えていく。その際学校生活に必要な語彙も教える(職員室、シューズ、〜時間目など)。あいさつや基本語彙が定着したところで、適当と思われる日本語テキストを使用し始め、文型や表現を学習していく。定着の如何にあまりこだわらず、流していく程度で良いと思われるが、読む、書くといった作業はしっかり習慣付けしておきたい。4〜5ヵ月してある程度の日本語が理解できるようになったら、日本語学習から国語学習へと移行していく。


 この際、小学校の国語の教科書にある説明文や日本語教育教材の長文を利用すると、頻出語彙、漢字が押さえられる。日本語教育に小学校の国語教材を使うのはよくないとされているが、教科としての「国語」に導入する際には使うべきであろう。話し言葉と書き言葉のバランスを知り、言葉としての日本語と並行して、教科としての国語を学んでいかなければならないからである。
 教材を選ぶ際、帰国生徒に限って言えば、漢字のないものは内容が簡単でも読みにくいと思われる。また、中学生ということであまり幼い内容のものは避けるべきであろう。説明文を中心にし、物語なら台詞が日常的な文章のものを扱うとよい。小学校の教材がこなせるようになれば、中学校の教科書に取り掛かり、どんどん日本語文にあたって読解力を付けていく(資料@)。並行して国語問題集をやり、一斉授業に戻るまでに、理想的には日本語を学習し始めてから1年〜1年半程で国語の導入をし終え、学年や学期が変わる時、定期テストの後などきりのよいところで一斉授業に戻す。しかしこれはあくまでも理想で、個人の差は考えるより大きい。ケース・バイ・ケースで様子をみながらいきたい。
 ここで言っておきたいのだが、国語はあくまでもひとつの教科である。それは数学や英語と同じである。日本語ができれば、国語は学習する必要がないという意見もあるが、入試にはもちろん、高校に進学してもついて回る教科である。将来的には避けて通れない国語文法や古典・漢文なども導入しておく。理解することは困難かもしれないが、簡単な知識だけでも把握させておくべきであろう。学力保障のためにも、国語科のための日本語を教えていかなければならない。

《理 科》
 理科は内容も語彙も難しく、理解するにはかなり時間がかかるが、実験や観察をする授業が多く、学習内容がイメージしやすいと思われるため、実技教科同様、ほぼ編入と同時に一斉授業で受ける。学習を助けるため、教科書の中国語版を渡し、放課後や定期テストの前に質問に答えるなどしている。また、学年途中で編入してきた生徒には、取り出し授業の時間を使って、未習内容や実験を補充することもある。(資料A)

《数 学》
 中国では、日本の学校よりかなり計算問題に重点を置いている。よって個人差はあるが、計算問題は比較的よくできる。まだ日本語がほとんどわからない時点でも「たす」「ひく」「イコール」といった用語を押さえながら計算問題をこなしていくことはできる。編入後2〜3週間で導入できるが、図形認識に欠けていたり関数を学習したことがなかったりする場合が多いので配慮が必要である。中学校の数学は「正の数負の数」「1次方程式」から始まり、言葉がなくても比較的説明がしやすい。しかし、分数の加減乗除のできない生徒も時々いるので注意しなければならない。また、文章題は難しいため中国の教科書を参照しながら進めて行くこともある。一斉授業へ戻すのは生徒のレベルと一斉授業の進度をみて判断する。

《英 語》
 全く学習したことがないケースと、中国で途中まで学習してきたケースがある。全く学習したことがない場合、アルファベットから、一斉授業に追いつくまでを取り出し授業で教える。学習してきた生徒の場合、未習事項のみをポイントを絞って(文法事項のみなど)教え、短期間で一斉授業に追いつき戻れるようにする。生徒によっては、中国人とは異なる日本人の英語の発音に戸惑うこともあるようである。
 英語は日本語で文法説明がされ、日本語訳を中心に授業が進められていくことが多いので、日本語がある程度できるようになってからでないと導入するのは難しい。文法は比較的簡単に理解できるが、細かいニュアンスを日本語に訳すのは難しいようである。ただ日本語訳を通して新しい日本語表現の学習ができるというメリットもある。目安としては3〜4ヵ月で学習を開始する。一斉授業に追いつくには、かなりのスピードで学習していかなければならないので、本人の負担になりやすい。

《社 会》
 英語と同様、日本語が一定のレベルになってから導入する。一般に都市部の学校に通学していた生徒は中国の地理歴史について学習しているが、農村部の学校に通っていた生徒は学習していないことが多い。どちらにしても中国からの生徒は地理全般に関する知識が乏しいことが多いが、将来のことを考えても、日本人の生徒が持つ常識レベルの知識は最低限必要と思われる。日本人の生徒が、幼い頃から本やテレビで世界の国々や地方の風景や情報に触れて、ある程度のことを知っているのと対照的に、帰国生徒はそれらのイメージさえないことが多い。
 〈地理〉…教科書には依らず、概要(大陸や海洋名、気候分布、主な国の地形や産業、日本の地理など)を学習する。(資料B)
      地図やグラフの学習経験のない生徒は、白地図やグラフの色塗りなども多く取り入れる。 
 〈歴史〉…状況によって取り出し授業をする。編入時期や編入した学年によっては、歴史をせずに地理のみをやるケースもある。しかし高校に進学すれば歴史は必修である。中国で歴史を学習した経験のある生徒には、しっかりその内容を話させ、日本の歴史学習(特に古代からの日本と中国の関係など)と結びつけてやるとよい。日本の歴史については、常識的知識も多く含まれるので、年号や人名にとらわれず大きな流れを掴ませるようにする。
 〈公民〉…日本の政治の仕組みであるため、初めての内容であるが、これから日本で生きていくためには最低限基礎的な知識は身につけるようにする。

《実技教科》
 実技教科は作業や実習の機会が多く、クラスや授業というものに馴染むために必要な時間である。この時間に取り出し授業をしてしまうのは、却って適応を阻む恐れがある。未経験の教科が多いが、日本語能力に関係なく編入直後からきちんと参加させるべきであろう。中国では実技教科を軽視する教師も多く、他の教科への振り替えや休憩時間として利用していた生徒も多い。実技教科は定期テストがなかなか難しく、定期テスト前には学習のポイントを示したり練習問題を作るなどしている。
 〈音楽〉…授業を受けたことがない者も多い。中国の楽譜は数字なので楽譜が読めない者がほとんどである。リコーダー等の楽器も初めてなので、必要に応じて放課後指導している。
 〈美術〉…授業を受けたことのない生徒が多い。よって絵を書いたり立体のものを作ったりすることが苦手な生徒がいる。
 〈体育〉…未経験の種目や観戦もしたことがない種目が多いが、熱心に頑張る。特に水泳は経験者の方が少ないが、日本人の生徒は皆泳げるため、自分も泳げるようになりたがる。そのため、放課後や夏休みを利用して指導している。
 〈技術家庭〉…授業を受けてきた生徒はいない。調理実習などでは一般的な日本の料理を知り、口にすることができるため、中国の家庭料理しか知らない彼らにとってよい機会となる。木工やコンピューターなどでは、製作を通してクラスメイトと自然にコミュニケーションをとることができる。

C−3 定期テストと評価

 中学校には定期テストがあり、それによって評価がつけられる。そしてその評価は高校進学の際必要となってくる。つまりテストや評価は、学校側の配慮を要する部分である。
 本校の帰国入国生徒は、原則として定期テストでは全体の試験日程通り、所属クラスで受けさせることにしている。帰入国教室での学習内容や範囲が一斉授業と同じなら、みんなと同じテストを受けるようにしている。これは編入後間もない生徒でも同じである。日本語学習にあてたために学習した教科が少なければ、その教科のテストの時間には日本語のテストを実施するし、問題文の日本語がわからなければ中国語訳をつけたり簡単な日本語に直したりしている。担当者二人は中国語ができないため、中国語訳をつけるときは辞書と首っ引きとなる。あくまでも問題文を理解するためのヒント程度の訳となるが、その程度のものでも彼らは非常に助かるようである。本格的に訳すときは、中国語のできる講師にやってもらっている。試験前の補充も欠かせない。また、取り出し授業をしている教科は、各々の進度や実力にあわせてテストを作成している。(資料C) 
 このような作業は非常に手間がかかり、試験前の補充と重なって教師の負担は大きいが、やはり「日本語がまだできないから、テストは受けなくてもいい」という考え方は、本人のためにもよくない。日本人の生徒と同等に「テストの時は勉強をしなければならない」という気持ちの張りが必要である。テストの範囲や内容は違っても構わない。重要なのは「言葉は多少わからなくても、やることはやる」というプライドである。その意欲を大切にするためにも、日本語が障害にならなくてすみ、彼らがテスト勉強をすればそれなりの成果が得られる、そんなテストを配慮してやらなければならないだろう。
 評価は、本校が絶対評価を採っているため、原則的に帰国生徒も同様にしている。各先生方には、日本語がまだ十分でないというハンデを汲んでもらうこともある。帰入国教室で授業を受けた教科は、授業担当者が評価をつけている。テストの結果だけではなく、学習したことがどのくらい達成できたか、どのくらい前向きに取り組むことができたかを評価の対象にしている。成績表には、( )付きで記入する。(資料D)

C−4 帰国生徒の進路について

 ここまでは帰国生徒の学習について報告したが、全ての帰国生徒まではなかなか行き届かないのが実情である。個人差や編入時期のズレがあるため、計画や方針通りにいくはずもなく、次々に編入してくる帰国入国生徒の対応に時間がとられてしまうことが多い。本校もこの調子で帰国入国生徒が増加すれば、外国語としての日本語を教えただけの時点で一斉授業に戻らなければならない状態になる可能性もある。
 しかしどんな状況であっても、あくまでも取り出し授業は一斉授業についていくまでのフォローであり、最終目的はクラスで一斉授業が受けられるようになることであることを念頭においておきたい。そして卒業後は個々に合った道を歩めるようにつなげていかなければならない。何しろ異国での進路選択である。両親は日本の受験事情がわからないため、学校側に任せるといった態度だったり、偏った情報によって一時的な判断を押しつけてくるケースもある。日本語能力が十分ではなく、多くの家庭は経済的に安定していないといった状況を踏まえ、現実に即した進路指導をすべきであろう。
 Bでも述べたが、本校では帰国入国生徒の進路指導の取り組みとして、年に2回の進路説明会を持つことにしている。帰国生徒の保護者は日本の学校事情について当然のことながら疎い。よって生徒本人と話し合いさえしないことがある。生徒から聞いた情報をそのまま受け取り、そういうものかと本人の判断にのみ委ねることもある。受験直前になって先生から他の選択もあったことを知らされ、驚いた保護者もいた。そのようなことにならないように、できるだけ保護者に日本の受験というものを知ってもらおうという意図である。可能なかぎり通訳をつけ、担任と保護者と本人がきちんと話せる場を提供している。その甲斐あってか、保護者も関わって将来のことを考えられる状況になってきているようである。 
 また、現在広島県では公立高校の入試において帰国生徒に対する特別枠が設けられている。2校が10名、その他の各校は2名の受け入れ枠を持っている。試験科目は国語、英語、数学の3教科に面接と作文となっている。つまり一般の生徒とは別枠で評価してもらえるシステムなのである。
 資格は帰国生徒の場合、日本に来て6年以内の者となっている。よって編入の時期が少しでもずれると、この枠が使えないケースがある。例えば小学校3年生の2月に編入した生徒はほんの1ヵ月のオーバーで対象者から外れ、4年生の4月に編入した生徒は対象者となるのである。またこの特別枠は海外帰国子女も対象となるため、出願者が重なり競争率が高くならないよう、事前の配慮が必要となってくる。いずれにしてもこのような受験の配慮は非常に有り難い。日本語がまだ十分でないばかりに、本来の実力を発揮できていない生徒は多いからである。その時の日本語能力で判断され、その結果不本意な道を歩むようになることだけは避けなければならない。そして、このような帰国生徒が入学を果たした場合には、高校の教育現場での対応も望まれることになる。 
 帰国生徒の進路選択は様々である。日本に来れば大学に進学できると聞き、大学進学が将来の夢になっている生徒もいた。けれども経済状況や兄弟の進路との関係で、それは難しい状況であった。中国の大学とはかなり状況は異なり、日本では近年大学に進学することがごく普通のこととなった。よって奨学金などを受けて進学することは不可能ではないだろう。しかしその分大学卒=よりよい仕事、生活という単純なことは言えなくなった。そんな中、果たして大学へ行くことが本人の自立、幸せへとつながるのか。将来のことを見据えた的確な決断なのか。彼女は約1年かけて担任、帰入国担当者とじっくり話し合った。そして結局自立に最も近いだろうと判断した商業高校への進学を決めた。この時、決して帰国者だから、中国人だから大学進学を断念させられたのではない、ということをしっかりと話した。日本人であっても、成績がいくらよくても、あきらめなければならない状況はあり、本当に自分にあった道かどうかしっかりと考えなければならないのだ。けれども悲観することはない。もし本当に大学へ行って勉強したいと思ったら、いつでも道は開かれている。経済的に自立し、日本で生きていく力をつけたときにまた選べばいい道なのだ、という話に彼女も納得しているようだった。

C 帰国生徒の生活適応指導について

 帰国生徒教育において学習指導と並んで求められるのが生活適応指導である。彼らは何も知らないまま、ポンと日本人社会(日本の学校)の中に投げ込まれる。日本語も、勉強のことも、学校のことも、人間関係も、何もかも同時進行でやっていくのである。当然のことながら、ストレスは大きい。彼らの立場や気持ちを把握し、うまく乗り越えられるようにサポートしてやらなければならない。障害を取り除くことができるのなら取り除く方法を探し、対策を練らなければならない。生徒と共に悩み、模索するそのプロセスこそが、我々にできて、かつ彼らに最も必要なサポートなのかもしれないが、精神論だけでは指導はできない。彼らがスムーズに日本の学校生活を送れるよう、実際に対応のシステムを作っていくことが求められる。具体的なサポートをしていくと同時に、精神的な支えがあって初めて実を結ぶのであろう。

D−1 帰入国教室での生活適応指導

 Bで触れたが、帰入国教室は帰国生徒たちにとって学習の場だけではなく、憩いの場となるように配慮している。クラスでは疎外感を感じることが多いため、帰入国教室では素直に自分を出せる環境作りを目指している。
 まず大切なこととして、帰国生徒と最も近くなる帰入国教室担当者との関係がある。学校で初めて接してから、しばらくは最も身近な存在である。そこにはおのずと信頼関係も生まれてくるだろう。それがなければ、生徒は安心して所属クラスや様々なグループに入って人間関係を作ることができない。精神的な支え、特に人間関係における支えは、異文化適応に最も重要な要素のひとつである。
 彼らは日々いろいろなことを経験し、いろいろな思いをしている。楽しいことも、おもしろくないことも、不快なことも、わからないこともたくさんあるだろう。そんな思いがうまく消化できないと、ストレスがたまったり、良くない方向へ流されたりしやすい。そうさせないためには、効果的な配慮が必要である。ここで彼らの日常生活を把握するための、帰入国教室での取り組みをいくつか紹介したい。

《放課後のケア》
 放課後、必ずと言っていいほど帰国入国生徒は帰入国教室に寄って帰る。その際一斉授業でわからなかったところや、クラスで配られたプリントなどを持って聞いてくる。笛ができない、クラスの係分担の仕事がわからない、毎日やらされるあれは一体何なんだ、など疑問や質問は毎日いくらでもある。放課後の帰入国教室は先生の奪い合いとなる。質問には簡単な日本語で説明したり、教えたりするようにしている。その時点ではよく理解できなくても、その積み重ねによって次第に慣れてくるし、大切なのはよくわからないけれども知ろうとする姿勢であろう。情報は必要最小限で十分なのである。よくわからない情報の中で、自分に必要な情報だけはきちんと得ることができる、そのような力を養わなければならない。それには様々なことを経験しつつ、日本の学校生活の流れを体で覚えていくことが、今後のために最もいい方法であろう。その際日本語で説明することは遠回りの作業のようであるが、自分の理解できる言葉で説明されることに慣れてしまうと、これから出会う多くの場面で困るようになる。こちらが使うのは、彼らのわかる範囲の日本語である。学校は練習の場だということを常に意識しておきたい。今できなければ、できるようになるまでゆっくりと練習を重ねていけばいい。学校で積極的にコミュニケーションをとり、わからないことを受け流さない練習をして、自信を持たせ、次の社会へと送り出そうという基本姿勢は、忘れてはならないことだと思う。

《日記・作文》
 生徒は必ずしも話す言葉だけで心を表現しない。おしゃべり好きの者、はにかみ屋であまり話そうとしない者、正に10人いれば10通りの個性があるからだ。また、時間がなくて接触が持てない、ゆっくり話をすることができないなどの物理的な事情もあり、何かがあってもこちらが知ることなく終わってしまうことがある。けれども彼らの状況を把握しておくには、やはり日々のコミュニケーションが必要である。そんなことから、放課後、市販のノートにその日あったことを書いて持ってこさせるようにした。時間割りなどを書く連絡帳のようなものである。数行の日記であるが、これが意外に効を奏している。編入直後から、日本語の練習だと言って書かせる。最初の2〜3日は中国語、その後は中国語交じりの日本語、そして早い時期に日本語だけで書けるようになる。もちろん日本語が間違っていれば訂正し、何を言っているかわからなければ詳しく話させ、きちんと返事を書いてやる。しばらくは習った日本語だけの簡単な日記だが、習ったばかりの日本語を使って何かを書いて、それに対してフィードバックをもらえるということは大変励みになるようである。またそれだけではなく、話が苦手な生徒や思いを表に出さない生徒とも、書くことを媒介にしてコミュニケーションを取れるということは意義が大きい。ノートを提出するときの表情で、心境を知るきっかけが得られることもある。(資料E)
 放課後の帰入国教室は大忙しであるが、きちんとノートを書いて先生と話してから帰るという習慣は、知らず知らずのうちに、彼らの心の安定をもたらしているようである。
 また、折りを見て作文を書かせるようにしている。日本に来てどうか、学校はどうか、将来は何をしたいか、様々な内容で自由に書かせている。これには皆気合いが入るようで、なかなか立派なものを書いてくる。毎日を必死に送っていると気付かない自分の成長ぶりに、本人も驚くこともあるようである。そのような機会を作ってやることで、日々の流れに刺激を与えることも大切である。

D−2 所属クラスでの取り組み

 編入後の期間の短い生徒は帰入国教室が主に関わっている。しかし帰入国教室の取り組みだけではどうしようもない部分がある。あくまでも主体は所属クラスであり、帰入国教室はそこでの生活や学習を助けるところだからである。よって所属クラスや担任の先生とのつながりを重視し、連絡を密に取るようにしている。日本語の習得、日々の様子、所属クラスでの様子など、気付いたことはことあるごとに報告したり、尋ねたりしている。
 次は、所属クラスの担任の先生方に伺ったクラスでの取り組みの例である。1クラスには40人近くの生徒がいる状況で、担任の先生は帰国生徒ばかりに目をかけ、時間をさいてやれるわけではない。よって負担にならない程度の、ちょっとした配慮をしてもらうようにするとよいだろう。時間や手間をかけるだけが指導ではないだろう。以下の例はその参考になるかと思われる。
 
1, 編入が決定した時点で班長会議を開き、教師が不安に思っている事項や、何   をする必要があり必要がないのかなどを話した。
2, 中国語語句会話集を生徒全員に配布した。
3, 編入前、漢字を使えばかなりのコミュニケーションがとれることを生徒たちに説明した。
4, 最初の班を決定する際、帰国生徒を援助できる生徒や信頼できる班長のいる班に入れるよう配慮した。
5, 係の仕事を決定する際、言葉がわからなくてもできる仕事にあたるよう配慮した。
6, 係の仕事を決定する際、教師との関わりの多い仕事を選ばせた。
  (担任の教科係、出欠簿の係…)
7, 座席表にふりがなをつけた。
8, 連絡網を作成する際、順番を他の帰国生徒の次にしたり、最後にしたりして配慮した。
9, 集中授業の感想や班ノートの作文をできるだけ学級通信に載せ、皆に彼女の日本語能力がわかるようにした。(資料F)
10, 帰入国教室の担当者に「生徒ができるようになったことと、まだできないこと」を随時確認して、班長会等で班長たちと取り組みを確認した。
11, 学年集会でのクラス発表の際、作文して暗唱発表させた。
  (内容…日本語の習得に努力していること、少しわかるようになっているので 話し掛けてほしいことなど)
12, 先に帰国入国した生徒に通訳させ、意思疎通を図った。
13, 担任がその生徒の日本語授業(週1時間)を持っていたので、その時間を利用してクラスの話をしたりして意思疎通を図ったり、日本語のレベルを把握   し、学級での取り組みの参考にしたりした。
14, 学級活動において、終学活での反省発表、係の仕事、日誌の記入など配慮しながらも特別扱いせずに他の生徒と同じように取り組ませた。
15, クラスの保護者会で帰国入国生徒について理解を求めるために話をした。

D学校現場における今後の受け入れの課題

E−1 学校の中の帰国生徒受け入れ体制

 帰国生徒の受け入れは、基本的に帰入国教室が中心となっている。これまで述べた取り組みのほとんどは、帰入国教室が関わっている。しかし今後の課題として、これらの取り組みを学校全体の体制へとしていかなければならないことがあげられる。役割や指導の分担化である。例えば、本校では編入生が殺到した場合、帰入国教室での授業を担当してもらえる教員要請システムを作っている(資料G)。週1〜2時間担当してもらえ、対象生徒や学習内容、教材はこちらが指定あるいは準備するようにしており、現在も3〜4名の先生に授業を受け持ってもらっている。日本語指導や社会、英語など、その時の状況に応じて担当してもらっており、決して専門の教科とは一致していない。美術や音楽の先生が日本語の授業をしたり、技術の先生が数学を教えたりしている。
 もちろん最初は両者が日本語でコミュニケーションを取りにくいこともある。生徒は極限られた言葉しかなかったり、あまり上手ではない発音だったりする。また、先生の方もノーマルスピード、方言、個々の話し方の癖などで、最初は生徒も戸惑う。よって授業に出てもらう先生には、事前に指導のポイントと配慮する点を知っておいてもらうようにしている(資料H)。こういったシステムは、帰入国教室担当者だけでは抱えきれない授業を受け持ってもらうという目的だけではなく、閉鎖的になりがちの帰入国教室に色々な先生に出入りしてもらうことによって、学校全体の帰国生徒理解にも役立っている。生徒も先生との交流を喜んでいるようである。
 また、今後数年は増え続けるであろう帰国生徒の編入に対応するためにも、日本での生活の長い生徒については、学年や研究部、生徒指導部といった各組織に任せていくべきなのかもしれない。もちろん帰入国教室のスタンスは変えず、常に連携は取っておくべきだが、実際の取り組み作業は分担し、それぞれの役割を明確にしておきたい。
 今後こういった流れは一層広げていかなければならないだろう。帰国生徒の問題や課題は、帰入国教室だけが抱え込んで解決できるものではない。これはそれぞれの教員が具体的に何か役割を担うことだけを言っているわけではない。重要なのは帰国生徒の実情を知り、彼らの受け入れは学校が全体として取り組むべき問題だということを、全ての教員が意識することなのではないだろうか。

E−2 帰国生徒教育のあり方

 簡単ではあるが、本校での帰入国教室での実践を報告してきた。取り組みの紹介が中心ではあるが、このレポートでは帰国生徒の抱える問題点や帰国生徒教育の一方向を提示してきたつもりである。何年もかけて少しずつわかってきたことをまとめる意味もあった。中には「こんな大がかりなことを、たったひとりの帰国生徒に対して行うのは無理だ。」という意見もあるかもしれない。確かに本校のように帰国入国生徒を40名も抱えているケースは珍しいだろう。しかし本校での取り組み例は、例えば受け入れ経験のない学校に突然編入してきた帰国入国生徒の受け入れにも、一種のマニュアルとして参考にできるのではないかと思う。一体何が課題なのか、それを把握することだけでも指導はやり易くなるだろう。実際、本校にもそのような学校から問い合わせがある。教材を提供したり、対応について具体的に話したりしている。しかし現在のところ偶然本校の状況を知っていた学校に限られている。初めてかつ突然のことで、どうすればよいのかわからず対応に追われ、そのまま時間が経っていくケースが多いようである。様々な学校現場での取り組みは、自分たちの経験だけに終わらせず、情報として発信し、積極的に意見交流していきたい。例えば定期テストや評価など、学校が帰国生徒について抱える悩みは同じである。本校で配慮して作成しているテストなどは、各関係校で共有できるようにしていければいいと思う。
 それには中心となり、間に入る機関が必要である。各地域の教育委員会が受け入れ経験校の実践報告等を、受け入れの際に情報として提供するというのもひとつの方法だろう。広島市では帰国・入国児童生徒連絡協議会を持ち、市内の小・ 中・高校の実践を報告している。しかし具体的にその情報をどう生かしていくか は、これからの課題の状態である。現場の頑張りだけではどうしようもないこともあることを強調しておきたい。
 また、近隣の受け入れ機関とも連携を深めることも非常に意義がある。本校は学区内に3校の小学校があり、その内の2校は本校と同様、30〜40名の帰国入国生徒が在籍している。その帰国生徒たちが本校に進学してくるわけである。そして彼らの保護者の多くは市内に2校ある夜間中学のどちらかへ通っている。つまり妹は小学校へ、お姉ちゃんは中学校へ、両親や従兄弟たちは夜間中学校へ所属しているケースなどがあり、学校間で互いに情報交換すると助かることが多い。生徒の様子がおかしいと思ったら、母親が入院していたなど、本人たちが言わないことも把握できることがある。
 このような関係校の担当者が集まり、定期的に報告会を兼ねた慰労会を持っている。小・中連絡会という学校としての会議もあるのだが、やはり同じ帰国者を受け持っている立場として共通の思いを抱えていることもあり、別に場を作っている。帰国者教育において、これから何が求められるのか、何ができるのか話は尽きることがない。ネットワークによって支えられている面があることは確かであろう。
 最後に、帰国生徒教育における我々の心構えをまとめてみたい。まず、我々は帰国生徒が日本社会で自立した豊かな人生を歩むための礎を築いていかなければならないということである。生徒たちはこれから日本に定住することはほぼ確かなことであり、ほとんどの場合日本国籍を取って日本人の中で生きていく。そのための指導は決して日本語や日本のやり方を押しつける「日本人化」を進めるわけではない。彼らの持っているもうひとつの文化や言葉は大切にするべきである。否定してはならないことだと思う。しかし彼らに我々がしてやれることは、日本社会でいかに充実した生き方ができるか、その方法を模索し、そのために必要な力を実際に付けてやることである。日本語を教え、学校での生活をサポートし、進路を考えていく、それが中学校現場でできる最も重要かつ唯一できることではないだろうか。もちろんそれと並行して学校や生徒全体に異文化を受け入れる土壌を作っていくことも忘れてはいけないだろう。日本社会全体が、多様な文化背景を持つ人々を受け入れる構造になることが必要となるからである。
 それから、生徒には様々な思いがあることを忘れてはいけない。10代という多感な時である。中国から来たということに触れられたくない生徒もいれば、それを積極的に表に出したい生徒もいる。友達の前では絶対に中国語を話さない生徒も、帰入国教室の行事には参加したくない生徒もいる。異論も多くあるだろうが、我々はそんな彼らに「自分が中国人であることを忘れてはいけない、大切にしなくてはならない」と押しつけることはしない。むしろそういった気持ちや行動は自然だと感じている。また同時に決して「日本でこれから生きていくんだから、日本人になりなさい」とも言わない。それは彼らが自分自身で選ぶことなのであり、我々が口を出すところではないと感じている。
 今の彼らは日本で生活するために適応していくだけで精一杯のところがある。我々が指導する立場から様々なことを要求するのは、彼らに負担を負わせることになるかもしれない。彼らに今必要なのは何なのかをしっかり把握して、指導の方向を考えていかなければならないだろう。アイデンティティについて考え、それを自分自身で選ぶことのできる、そんな力をつけてやるのが我々の役目なのではないだろうか。よって感傷や同情にとらわれない、ある意味で冷静でドライな判断が必要となるときもあるだろう。
 そして、彼らにはこれから長い将来があることを忘れてはいけない。これは今現在の彼らの状況がずっと続いていくのではないということである。義務教育を終え、進学なり就職なりをすれば、そこでまた新しい試練が待っているだろう。しかし同時に新しい出会いと経験が得られるのである。中学校にではどうしてもうまく適応できなかった生徒が、高校では毎日楽しくやっているといった例も多くある。彼らの抱えている問題には、我々にはどうすることもできない要因や時期といったものが、予想以上に絡んでいるということであろう。長いスパンで考える姿勢が必要であるし、「今が駄目でも、先で道が開けるかもしれない」という余裕があってもいいのではないだろうか。
 帰国生徒はこれからの日本を担っていく子どもたちである。もちろん日本だけではなく、世界を支えていく存在となる。我々がその芽が伸びるのを支えてやるために、今何ができるのか、これからもあらゆる場で、機会で、共に模索していきたいと思う。


資料@【使い易い国語教科書の教材一覧】

 『一本の鉛筆の向こうに』      光村図書出版 国語 四上 
 『雪国は今』                    〃 四下
 『子ねこをだいて』                 〃 五上
 『宇宙人の宿題』                  〃
 『太陽の恵み』                   〃 六上
 『オゾンが壊れる』                 〃
 『クジラの飲み水』         三省堂 現代の国語・1年生
 『アイスキャンデー売り』               〃
 『ボランティア、はじめの一歩』            〃
 『わたしたちと古典』竹取物語             〃
 『どっちがほんもの』今昔物語             〃
 『故事成語 守株・矛盾』               〃

資料A【理科】『中国語を母語とする日本語学習者のための「中学校理科2分野上」』 藤田正春 富山大学教育学部(H6)


   【理科】補助プリント(中途編入者用)

資料B【社会】「〈地理〉カリキュラム」
 

   【社会】「〈地理〉授業用ノート」


【定期テスト】数学/音楽(部分的に手を加えたもの) ※一部のみ紹介

【定期テスト】美術(中国語に訳したもの)
       保健体育(わかりやすい日本語に作りかえたもの)
                          ※一部のみ紹介

資料D【帰入国教室における授業の成績表】

資料E【毎日の日記】中国語→中国語交じりの日本語→日本語(9月編入の帰国生徒)

資料F【学級通信】

資料G【教員要請システム】「帰国・入国生徒学習教室への授業援助について」

資料H【授業担当者への連絡】「帰入国の教室に出ていただく先生へ」