文部科学省(2003)によれば、学校教育において、日本語指導が必要な外国人児童生徒数は、平成14年9月現在、公立の小・中・高等学校及び盲・聾・養護学校に18,734人在籍し、学校数は5,130校にのぼっている。中でも愛知県は全国で最も外国人児童数が多く(2,598人)、そのうちポルトガル語やスペイン語を話す中南米出身の児童が(2,000人)と約76%となっており、いわゆる非漢字圏児童が多い地域である。彼等が多く在籍する大規模就住地域の小学校で支援を行う筆者にとって日々の指導において「なぜ3種類の文字を学習しなければならないのか」「漢字がいっぱいあって読みたくない」などの学習者の悲鳴や不満、苦手感をどう解消したらよいかが課題である。 こういった児童のための第2言語としての日本語教育は、日常言語のみならず教科学習のための言語教育でもある。したがって、教科書を読む能力も要求されることとなる。白鳥・玉井(2000)による小学校社会科教科書の語彙調査では、二字漢語(人権、精神)などの使用が特徴的であることや、遠藤・宮川・白鳥(2003)の理科教科書語彙調査においても、使用頻度の高い語彙として「名詞において漢語の割合が多い」(遠藤・宮川・白鳥2003 : p.189)との報告がなされている。漢字は、各教科書に様々な読みで熟語として出現し、換言すれば外国人児童にとって漢字学習とは、文字としての学習と教科語彙学習としての意味合いもある。 特に高学年で提出される漢字語彙は抽象概念が多く、その習得の困難が予想される。日本人児童においても困難は伴うであろうが、言語環境やそれを理解する日本語能力は、外国人児童のそれとは異なることが予測される。 さらに漢字の持つ表意性などの特徴を捉えた学習法が必要と思われるが、表意文字の文化を持たない非漢字圏児童の漢字学習には特別な配慮が必要であろう。 本稿では、教師や児童へのインタビュ−や漢字テストをもとに現在なされている指導法や学習法を検証し、有効と思われる漢字学習ストラテジ−を検討し提案していきたい。ここで述べる学習ストラテジ−とは、「学習をより易く、より早く、より楽しく、より自主的に、より効果的にし、かつ新しい状況に素早く対処するために学習者がとる具体的行動」という(Oxford 1994:p.9)の定義に依るものである。漢字学習ストラテジ−とは、漢字学習における学習ストラテジ−、また児童の漢字学習とは、漢字語彙学習までを含むものと定義する。児童が、いつかは支援者の手を離れ、自立した学習者へと成長することを願って本研究を以下、第1章で非漢字圏児童の漢字学習に関わる問題点、第2章、先行研究のまとめ、第3章、非漢字圏児童の漢字学習ストラテジ−考察、第4章では非漢字圏児童の漢字読字・書字力に関する課題、第5章において、非漢字圏児童の自律的漢字・漢字語彙学習への提言の順に論をすすめる。 第1章 非漢字圏児童の漢字学習に関わる問題点 1-1 S市M地区における外国人児童生徒の現状 |
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これらの児童たちは、幼少時からの滞在や日本生まれが多いのも特徴である。同年11月の調査では40%が、日本生まれとなった。しかしながら日本生まれや就学前からの滞在児でも、在籍学級での授業が理解できないという理由から取り出して「国際学級」という特別クラスで、高学年になっても指導を受けているケースも出てきている。 | ||
![]() S市H小学校紀要(2002)より作成 |
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したがって、対象校では概ね本国で学校教育を受けた経験のある外国人児童とそうでない児童が全学年にわたり混在し、在籍学級から取り出しての、「取り出し指導」や在籍学級に援助者が入る「入り込み指導」の形態で、教科学習の補助のための日本語を学んでいるのが実情である。 指導者は、日本人の担当教員3名、スペイン語やポルトガル語の話せる語学指導員を含む日本語指導員5名やボランティアである。2002年8月の時点では、外国人児童93名中45名と50%以上が取り出し指導を受けている。「取り出し指導」の方式は、算数と国語(6年生は社会が加わる)の時間を全部取り出している。その時間内で市販の日本人用学年別漢字検定用の漢字進級テストでの漢字学習や四則演算演習を行ったり、各教科書のリライトやその進度を調整したものを学習し、内容を理解する力を養ったり、市販読解教材などで読解能力を養うなどをしながら、在籍学級に戻すべく懸命の指導がなされている。 1-2 学習指導要領による漢字指導の現状と課題 1-2-1 外国人児童と日本人児童の漢字学習レディネス 1年生の場合、文字を習いはじめるという条件は同じだが、漢字学習レディネスはどう違うのだろうか。日本人児童は、音声言語として多くの日本語の語彙をすでに習得しているであろうし、家庭や保育園などで文字に触れる機会がある。しかし、外国人児童の場合、父母が日本語を解さない場合や日本の保育園にいったことのない児童は、音声言語としての日本語の語彙を習得しながら同時に、日常生活では馴染みのない、ひらがな、カタカナ、漢字80字という3種類の文字システムを集中して学習しなければならない。このことを石井(1998)は、次のように述べている。 漢字学習が新しい概念の理解を意味するということは、母語話者の子供の場合でもあり得る。しかし、新しい概念を理解するために十分に日本語を駆使することができ、また穏やかな学習のペースで学習を進める母語話者とは比較できないほどの負荷が非母語話者の子供にはかかる。 (石井1998 :p.76) 学年途中で編入する児童も同様のことが言えよう。例えば4年生で編入する場合、1年目は取り出し学級で、生活のための日本語学習、それに続くひらがな、カタカナを学ぶことになるが、漢字は3年生までの教育漢字ですでに440字あり、それらの文字が作る語彙の学習も含めると、4年生を終了するまでに該当学年相当までを学習するのは不可能に近い。したがって、現実的対応として対象校では、取り出し教室で、順に漢字を学習しながら、未習の漢字には振り仮名を付けて、読解などの学習をしている。学年が上がるにつれ、編入後1年を過ぎても、取り出し学級から在籍学級に戻ることが難しくなる。 このように外国人児童は、日本人児童とは学習以前の時点で異なった言語環境や背景を持つにもかかわらず、最終的には在籍学級の授業を日本人児童同様に参加し理解することを目標にしているため、日本人児童の漢字習得を目標としていると言える。その基となるのが、文部省の定める学習指導要領であるが、 次に、その特徴を概観し、そこから外国人児童が直面する課題について考えてみたい。 1-2-2 学習指導要領による漢字指導 表-1 学習指導要領による漢字指導 ![]() 文部科学省(1998)より作成 現在小学校において指導する漢字は、文部科学省が定めた「常用漢字表」1945字の中から「学年別漢字配当表」の形で選ばれた字種1006字のことを指す。常用漢字とは、一般の社会生活における漢字使用を目安として作られたものである。 1-2-2-1 提出漢字の読みの不統一の問題 指導要領では音訓の読みの提出の決まりが示されていない。どの読みを先にするかは、各教科書会社が国語教科書の読み物を基準としてまちまちに提出している。従って、教科書では提出されない読みが読めない現象が起きる可能性がある。 例: ピアノを 上記の児童は、このように、漢字の読みの間違いをしていた。そこで、「ピアノ習いたいの」と質問したところ、「うん」と答え、理解語彙にはなっていることがわかった。国語科教科書、東京書籍(2002)『新しい国語 三上』では3年生で「学習」という漢字熟語で提出されており、その後読み替え漢字として一度も取り上げられてはいないのである。漢字に触れる機会が少ない外国人児童には、語彙増やしや、音声言語としての語彙知識と文字を結び付ける貴重な学習の場なので、特に理解語彙として習得されている場合は、意識的に文字として、取り出して音訓間を関連させるなどの枠を越えた指導が必要であろう。つまり、指導要領を越えた指導の必要性が出てくる。 1-2-2-2 漢字指導時間の減少の問題 普通、漢字の指導と言う場合、在籍学級では、国語の時間にされる。文部省(1998)によれば、国語の時間数は、第1学年で272時間、第2学年、280時間と増えた後、第3学年と第4学年では235時間となり、第5学年、180時間、第6学年で175時間と減少していく。取り出し学級の場合は時間数の配分が児童の実態に沿ってある程度自由に設定されるが、在籍学級で学習する場合、児童も日本人児童と同様こういった指導時間内で漢字を学習する。棚橋は、「日本人児童の指導について学年が上がるほど指導にゆとりがなくなり、漢字は国語科の『お荷物』となり、漢字学習は市販の「ドリル」を使った自主学習や家庭学習が中心となる」(棚橋1998:p.20)と述べている。外国人児童にとって漢字は新しい語彙の学習でもある。導入においてその意味説明などの丁寧な指導がない場合は、ただ無意味な語を書くという練習となってしまい、定着しない恐れがある。 1-2-2-3 漢字の種類 ![]() 今のところ漢字の字種がどういった基準で選ばれているのか明示化されていない。しかし、六書に従った成り立ちという点から見た場合、学年により特徴が伺えるため、右の図のようにその分類を試み、これより指導課題を考察した 1年生では、具体的な文字で物の形をかたどった象形文字「川、山、口」、物の位置などを表す、指事文字「上、下」などが特徴的である。2年生からは、複数の漢字の組み合わせの会意文字「鳴、雪、電」、漢字の一方が意味で一方が音を表す部分を持つ組み合わせの形声文字「絵、晴、線」が急速に増えていく。 漢字熟語について東京外国語大学留学生日本語教育センタ−編著(1998)(以下東外大編とする)ではその特徴を「2年生までは『先生、父、母、学校等』、日常生活の中で見聞きするものが中心」(東外大編1998 : p.136)、とし児童にもその言葉の使い方が習得しやすい形で提示されているとしている。しかし3、4年生になると「『関係、参考、変化』など抽象的漢字語彙が多くなる」(東外大編1998 : p.136)と述べている。 漢字の数も1年生(80字)から3年生をピークに200字となってその後は横這いとなる。形態上も意味上も学年が上がるにつけいろいろな要素が入り複雑となり、数も増えるので、外国人児童にとって3年生以上の漢字習得は一層負担が多いことが推測される。特に抽象的漢字語彙については日本人児童でもそれが新しい語彙ならば同様に困難であろうが、限られた日本語でそれらを理解しなければいけない点が異なる。東外大編(1998)では、「この抽象語彙に外国人児童生徒がどれだけついていけるかが大きな鍵となってくる」(p.136)と結んでいる。 1-3 対象校での漢字指導-教師アンケ−トからの考察- 今まで筆者のM地区での4年間の支援経験から環境の違いや語彙力などの漢字レディネスの差から、外国人児童に日本人児童向けの漢字指導を行う際の問題点を述べてきた。次は、実際に対象校の教師が外国人児童の指導についてどのような困難を感じているか、さらに具体的にどんな指導を行っているか、予備調査アンケ−トを行いそこからの課題を考察する。 1-3-1 調査方法 調査対象者は、対象校の教師17名で児童の漢字指導を行っているものである。内4名は取り出し学級で漢字指導を行っている。残りの13名は在籍学級で指導している。対象校の外国人児童は、取り出し学級と在籍学級に広くまたがっている。指導法の質問項目に関しては、漢字指導研究サ−クル「国語2部会」(2002)で教師向けにされた漢字指導法アンケートを基に作成し2002年10月14日に筆者が実施した。 1-3-2 調査結果 a. 漢字指導の困難さについて( )内は回答数 ・(14) 外国人児童のほうが習得させるのが難しい。 ・(0) 日本人児童のほうが習得させるのが難しい。 ・(3) 困難さに差はない。 ・(1) その他 b. 指導上困難さを感じる技能(外国人児童のほうが習得させるのが困難と答えた教師のみ複数回答可とした。) ・(6) 読み ・(12) 書き ・(6) その他の困難さ <その他の困難さについての具体的な意見> ・日本語の意味を分からない子どもに文字の読み書きをさせても形式的になる だけで、定着しにくい。 ・1つの漢字に読みが複数あることが理解できないようだ。 ・書き順が定着しない。 ・記号のような字になっている。日本人ほど漢字を目にしないからだろうか。 ・ どちらがということではなくて、読むことが困難で、そのため書くことも、 という状況 ・読みにおいては意味の把握が、書きにおいては形の複雑さや書き順が困難 c. 漢字の指導手順および方法について(複数回答可) ・(16) ノートやドリルに書いて練習 ・(10) 新出漢字を提示しその読み方を確かめる。 ・(9) 市販の漢字ドリル・プリントの字を鉛筆でなぞり書き ・(9) 教師の板書や教科書の漢字をノートに視写 ・(8) 教師が筆順を示す。 ・(8) 筆順に沿って声をだしながら空書きをさせる。 ・(4) 部首による漢字の成り立ち ・(1) その漢字を分解して、パ−ツに分けて筆順指導 ・(4) その他 <その他の指導法> ・部首別に関連づける。 ・内容別に仲間漢字として教える。 ・漢字ビンゴや漢字リレーをしてゲ−ム感覚で教える。 ・筆順について子どもに1人ずつ担当を割り当てて教え合いをさせることがある。 d. 漢字の家庭学習のあるなし ・(17) 家庭学習として漢字を取り入れている。 ・(0) 家庭学習として漢字を取り入れていない。 e. 家庭学習の指導方法 (複数回答可) ・(14) ノートに漢字や漢字熟語を何回か書かせる。 ・(8) 市販のドリル、プリントをやらせる。 ・(0) 既習漢字などを使って、文章などを作らせる。 ・(2) その他 <その他の家庭学習指導法> ・自分で考えたプリントを作成する。 ・間違えた漢字の学習 現場教師は大部分が日本人児童より外国人児童への指導のほうが困難であり、特に書きの指導に困難を感じていた。具体的な困難さについては、書き順、字形などの形態に関するものと音訓の読みの知識、漢字や漢字語彙の意味についてであった。それに対する指導法としては、ドリルやノ−トに漢字や漢字熟語を書かせる指導法や、提出漢字の読みを確認、視写などの方法が採られているようである。 ここで考えられることとして、現場では多くの場合、外国人児童に対しての漢字学習の、語彙学習という側面より文字学習としての側面が重視され、漢字学習の成功とは、漢字を読み、書くことであり、漢字学習の中心であるといったような教師の漢字学習に関するビリ−フがあるのではないかということである。2名の取り出し担当教師のみが、「日本語の意味を分からない子どもに文字の読み書きをさせても形式的になるだけで、定着しにくい」「読みにおいては意味の把握」に、意味理解を含める指導の困難点を挙げている。前章でも述べた様に、漢字は、各教科書に様々な読みで熟語として出現する。つまり外国人児童にとって漢字学習とは、文字としての学習のみならず教科語彙学習としての意味合いもある。 縫部では語彙を増やすための指導法として、・形態(音声面と文字面)、・意味(辞書的な意味と意義素)、・用法がある」(縫部1999 : p.214)としている。例えば4年生で「旗」を導入する場合、語彙学習としては、・では読みが「はた」「き」であることが音声とともに導入され、書き順や形の提示がされるだろう。次に・「旗」は、布や紙でできたひらひらしたもので、記号として合図や集団の印となるなどの意味の説明が、実物や絵をみせるなどの工夫をもってなされる。・では「国旗」「校旗」などの「旗」を基に熟語が作る例と両方の語義から合成された意味、その場合の読みの制限、「旗を」「ふる」「もつ」などの接続の例文などが示されるべきであろう。 そのために現在なされている指導法が語彙指導としても有効であるかどうか検証されていないし、結果的に漢字の読み書きの困難という場合に語彙として意味を理解していないための困難を含む場合があるかもしれない点は、今後検証しなければならない問題である。 第1章では、対象校の児童の特性や多様性を述べ、その言語環境や漢字学習のレディネスの違いを見た上で、日本人児童を対象とした教育指導要領や教科書を中心とした漢字学習のそれを当てはめる困難さについて考察した。さらに現場教師の感じる困難さを確認するものの、その根底に必ずしも指導集団全体として、漢字学習に語彙学習の視点がもたれていないのではないかという点に問題の所在を指摘した。 第2章 先行研究 2-1 児童の漢字学習ストラテジ−分析の意義 さて非漢字圏児童の多くは、漢字学習に関して、困難点を抱えているが、在籍学級において成功を収めている学習者もいる。そういった学習者はどのような学習法を行っているのだろうか。本研究の目的は、「適切な語学学習ストラテジ−使用は学習者の自立的学習を促す」(Oxford 1998 : p.1)という主張をもとに、成功者の学習行動を分析し、かれらにとって適切な漢字学習とはなにかを突き止め、試案化することである。自立学習の必要性について言えば、彼らにとって、日本語が、ある一定期間の学習に留まらず、複数の教育機関や社会で必要な第2言語であり、個々のニ−ズに応じて自らが自立した学習者として成長し、学習の中心にならなければならないからである。そこでは必ずしも指導者がいるとは限らないということである。さらにここでの学習とは、「学習者が自ら行うもの」(Oxford 1990:v)であるから、教室内活動にとどまらず、教師の指導法だけを見てはいない。つまり学習者が教室内外で自立的学習が出来るよう促す為に指導法があるのだ。教師の役割は、たとえ相手が認知発達途上の児童であっても、一方的な指導を押しつける権威ではなく、その発達上の個々の特徴に注意してその成長を促す協力者であるべきである。その点で試案づくりに先立ち学習者の漢字学習行動を分析するのは意義のあることだと考える。年少者への学習ストラテジ−訓練の適用に関してOxfordはこう述べている。 「小学校の言語教師も多くのアイデアをくみ取る事が出来ると思う。特に自分の生徒にさらに能動的に、自主的に、効果的に学習してほしいと考え、教え方を模索している教師にとって有益である。」(Oxford1990:vi) 次に、外国人児童に関する漢字習得、試案、提言などにはどのようなものがあるか、特に非漢字圏児童に関してはどうかについて、現在まで報告されている事柄をまとめる。非漢字圏児童の学習ストラテジ−の観点での漢字研究については現時点ではなされていないので、日本人児童についての研究を概観し、加えて日本人児童の漢字習得に関する調査も参考としてまとめる。漢字学習ストラテジ−については下位分類があるので、どの項目からアプロ−チし、試案に結びつけるかも考慮する必要があるため、成人の外国人学習者に対する漢字学習ストラテジ−についての知見を簡単にまとめ考察する。 2-2 外国人児童についての先行研究 石井(1998)は、「非母語話者への漢字教育への提言」として、子供の漢字教育は成人に対する日本語教育をそのまま応用出来ないことを主張している。つまり子供の漢字学習は語彙学習の側面に加え、さらに概念の獲得という側面があるので、「母語でもその概念がわかっていない子供が、十分でない日本語で理解するのは非常に負荷がかかるだろう」(p.80)と述べている。 東外大編 (1998)では、「教育漢字1006字」を効率よく覚えられるように学年別配当漢字の提出順序を特定の教科書の提出順ではなく、漢字の構成要素を基に組み替え提出している。「漢字は音訓読み、意味、書き方、使い方を想起して使えるようにすると身につく」(東外大編1998:p.136)という主張から、その構成要素に基づいて、漢字の造字成分の組み合わせであることを理解させ、自立学習を促すことが大切としている。さらに児童の発達において具体的思考から抽象的思考へ移行する時期が9才であり、それを「9才の壁」と広く言われることから、「教科書に出現する漢字語彙が3、4年生からは抽象的となりどれだけ外国人児童がそれらについていけるかが鍵となる」(東外大編1998:p.136)と結論づけている。加えて非漢字圏の児童への指導として、東外大編(1998)では、漢字に馴染みがないことから既習漢字の定着を図るため「まとめのテスト」を随時行う提案がなされている。 この二つの先行研究からは、児童の発達的側面を重視し概念獲得の語彙学習や、漢字そのものの特徴を捉え効果的に学習させることの提案がなされた。しかし、調査をもとにした実証的研究はなされていない。 2-3 日本人児童についての先行研究 日本教材文化研究財団(2000)による「小学校学年配当漢字の習得状況に関する調査研究」では、全国66校の日本人の小中学校の生徒26,787名を対象に前学年で学習した漢字の読みと書きの30問程度の漢字テストを実施し、習得状況を見た。この調査では以下のことを述べている。 (1) 読むことと書くことの習得率 は、かなりの差がある。 (2) 読みと書きの比較を学年毎に見ると、高学年ほどその違いが大きくなる傾向にある。 (3) 漢字を読む能力と漢字を書く能力とは別の能力なので、読みと書きを分離した適切な指導法の開発が必要。 ![]() 日本教材文化研究財団(2000:p26)をもとに作成 島村は「児童が漢字を使用する(読んだり書いたりする)機会そのものが漢字を学習する上で重要な機会である」(島村 1989: p.133)とし、2・4・6年で合計896名の教師が評価した日本人小学生の漢字の成績と漢字学習行動アンケ−トとの関係を見ている。その結果「『本を読んでいて、読み方のわからない漢字があるとき、とばして読む』、『日記や文などを書いていて、正しい形をうかべられないとき、てきとうに書く』、『ひらがなで書く』をしない生徒のほうが成績がよい」という結果を報告している。 この2つの研究では、日本人児童の漢字学習において、読むことと書くことの習得の困難度の違いから、違う能力であることと、高学年になればなるほど差が開き、書くことの困難さが生まれると主張している。また漢字を読んだり書いたりする機会を自ら持とうとする漢字学習行動は、成績に影響を及ぼす可能性を示している。しかしながら同様のことが外国人児童でも当てはめられるかどうかを調査する必要がある。次章では、詳しい調査項目や調査方法の選定を図りたい。 2-4 学習ストラテジ−と漢字学習ストラテジ− Oxford (1990)では、学習ストラテジ−の定義として、直接ストラテジ−は、すべての言語の認知処理に要するもので記憶、認知、補償の3つのグループから成り、間接ストラテジ−は、目的言語には直接関係せずに言語学習を支え実施されるもので、メタ認知、社会的、情意から成るとしている。さらに「それぞれのストラテジ−グル−プは、相互に関連し、依存しあっている」(Oxford 1990 : p.16)とも述べている。学習ストラテジ−は具体的に次のような下位分類となっている。 ![]() 横須賀(1999:p.99)は、成人学習者について、「多量の単語・漢字を記憶することの負担については、特に記憶ストラテジ−は情報を効率よく入力、貯蔵し検索するのに役立つ」と述べ、主に言語の直接ストラテジ−に関わる研究をレビュ−している。しかし、課題として、習得レベルが上がるにつれ、学習者は自律学習にまかされるのが現状であることから、学習者が長期的に学習していく為には、「学習の環境を整えるストラテジ−」や「教室活動外の自動習得場面のストラテジ−」つまり学習を自ら管理したり、教室外でも読み書きの機会をいかに作っているかなどのメタ認知ストラテジ−などの間接ストラテジ−についても研究の必要性があることを述べている。本稿の目的は、児童が社会の中で、自立し、効果的に漢字学習を進め続けられる成人学習者になるべくその成長を支援するという意図がある。この点で横須賀(1999)の主張と重なる点が多いと考えられる。従って、特に記憶ストラテジ−、メタ認知ストラテジ−、加えて社会的ストラテジ−に関わる漢字学習ストラテジ−に注目しその使用実態調査から指導法の考案を試みることとする。 第3章 非漢字圏児童の 漢字学習ストラテジーに関する考察 前章までの先行研究の知見、及び対象児童を巡る学習環境や指導法の課題から、具体的な考察ポイントを以下に示す。 (1) 日本人児童と非漢字圏児童の読み書きテストではその成績に差が見られるか。 (2) 漢字学習ストラテジ−使用実態の考察 a. 教室内外での漢字の読み書きの機会にどのようなストラテジ−で対処しているか。 b. 教室内外の具体的漢字学習法から直接学習に関わる直接ストラテジ−はどのようなものがあるか。 c. 教室内外でどんな媒体から漢字を学んでいるか。 以上の3点に関して非漢字圏児童に関してその成績と質問の回答との相関の考察を行う。また参考として日本人児童の場合との比較も試みる。 3-1 調査方法 漢字読み書きテストに関しては、先行研究、日本教材文化研究財団(2000)「小学校学年配当漢字の習得状況に関する調査研究」で使用された、漢字の読み書きテストの3年生版の漢字を、読み書きとも正答率の高い順に並べ、系統抽出法 例: 分析に関しては統計ソフトSPSS 漢字学習ストラテジ−の使用実態調査に関しては、島村(1989)で使用されたアンケ−トでの質問項目、教室内外でどんな学習媒体を求めているか(学習媒体)、具体的な勉強法は何か(学習法)、漢字の読み書きで困難に遭遇した場合どのような方法を採っているか(機会選択)を参考に、新たに「漢字学習の媒体としての日本語のインターネット」という項目を加えて作成した。島村のアンケ−トは、13年前のもので、児童を巡る、社会生活のあり方も変動があることが考えられるので、調査に参加しない別の学校の高学年日本人児童数人に、放課後の生活や漢字学習方法を聞いた結果、インタ−ネットの使用があったため、この項目を加えた。また外国人児童のため、すべてひらがなとカタカナで書かれたアンケ−トとした。アンケ−ト結果と平行して行った漢字テストの成績との相関を、同じく統計ソフトSPSSを用いて分析した。以下は児童向けのアンケ−トの例と漢字学習行動の項目である。 ![]() 調査時期については、漢字テストについては、書き(20分)、読み(10分)として、読みテストを2002年9月24日〜30日の間で、1週間空けて、書きのテストを2002年10月7日〜12日の間で各学年の担当教師に依頼した。採点は、日本教材文化研究財団(2000)の基準を参考に筆者が行った。漢字習得のための学習ストラテジ−については、2002年9月24日〜10月7日で、放課の時間10分を利用し各クラスに筆者が赴き、「こどもの生活アンケ−ト」として、実施回収した。フォローアップインタビュ−に関しては、2002年11月20日〜12月10日で個別に筆者が行った。 3-2 調査対象 3-2-1 非漢字圏児童 内訳は、4年生(17名)、5年生(4名)、6年生(9名)で、計30名である。国籍は、ブラジル(24名)ペルー(4名)フィリピン(2名)である。来日3年以上で、日常生活では日本語に困らない4年生以上の非漢字圏児童である。 これらの児童は、前年度3年生の漢字について学習した児童である。フォロ−アップインタビュ−を行ったのは、上記の30名中9名で、読み書きとも正答率50%以下だった成績下位児童である。 3-2-2 日本人児童 内訳は、4年生(53名)、5年生(42名)、6年生(40名)で計135名である。 調査対象年学年に関しては、4年生以上とした。その理由として、現場の教師から「低学年については指導困難度を比較的感じない」との意見があったことと、先行研究の指摘から、東外大編(1998:p.136)「教科書に出現する漢字語彙が3、4年生からは抽象的となりどれだけ外国人児童がそれらについていけるかが鍵となる」とあったからである。従って、3、4年生で学ぶ学習漢字において、習得の困難度が現れるのではとの予測から調査対象を4年生以上に絞った。また、質問紙法の実施についても、「小学校中学年以下の子どもには質問紙法はむずかしい」(鎌原他編1998 : p.12)との知見を得た。 3-3 調査結果 漢字テストの結果を分析する際、漢字テストの信頼性を検討するため、SPSSで信頼性分析を行ったところ、読みのテスト(α係数 、両側検定を用いた。
![]() 3-3-1-2 読みと書きテストの正答率の相関
3-3-2 非漢字圏児童の漢字学習ストラテジ−考察 また外国人児童では、「辞書などで調べる」に負の相関傾向が見られた。日本人児童については、「辞書などで調べる」は有意の相関はなかった。成績のよい外国人児童は、「辞書で調べる」ことはせず、その場で問題を解決しようとするのではないかと思われる。一方、成績下位の外国人児童は、「日本語の辞書で調べる」傾向にある。これは、当時4年生の取り出し学級で辞典の使い方を指導していたことや、そこに在籍している外国人児童9名の内8名(読み成績正答率50%以下)が「辞書で調べる」と答えていたため、教室内の指導の影響もあると考えられる。 3-3-2-1-2 教室内外での漢字の具体的学習法と読みテスト成績との相関 ![]() 外国人児童では、「読み方を覚える」に正の相関傾向が見られた。日本人児童でも、同様に5%水準で有意な相関が見られた。 また外国人児童では「何回もノ−トにその漢字を書いて覚える」が、負の相関傾向になったのに対し日本人児童では、5%水準で有意な正の相関となった。 「意味を表す絵などを思い浮かべて覚える」は、外国人児童のみ負の相関傾向となり、日本人は相関が見られなかった。これについては、取り出し学級や在籍学級など教室内の指導法の影響が、考えられる。例えば、前もって実施した教師アンケ−トで、「ドリルやノートに漢字や漢字熟語を書かせる」や、「提出漢字の読みを確認」、「視写をさせる」などには多くの回答が得られているからである。また取り出し学級では、1年生などの初期の漢字指導で、部首や象形文字を表す絵を使ったプリント教材も随時使用されていたことが、指導者より確認された。しかしながら、今回のテストでは、3年生の該当漢字を出題したため、漢字の種類も異なっている。そのため以前受けた指導が有効に働かなかった可能性がある。しかし、外国人児童では「何回もノ−トにその漢字を書いて覚える」ことが、負の相関を示す場合、この学習法が、成績下位の外国人児童に有効かどうか再考してみる必要がある。 3-3-2-1-3 教室内外での漢字学習媒体と読みテスト成績との相関 外国人児童、日本人児童とも読みテスト成績と漢字学習媒体との間に有意な相関は見られなかった。つまり、学習媒体と読みの成績の間に関係はなさそうである。 ![]() 3-3-2-2 書きテストと漢字ストラテジ− 3-3-2-2-1 教室内外での書きの機会選択と書きテスト正答率との相関 ![]() 外国人児童の書きの機会選択では「近くの人に聞く」は有意な相関が出ず、あまり選ばない行動であるのに対し、日本人児童では5%水準で有意な正の相関となっており、その行為が成績と関係しているようである。 「辞書で調べること」は外国人児童では負の相関傾向となった。これも、読みの機会選択と同様、取り出し学級での指導の影響もあると考えられる。一方、日本人児童は「辞書などで調べる」は、ほとんど選ばれない行動で、「友達や家族、先生など、近くの人に聞く」などをして、問題を解決している可能性があり得る。外国人児童の場合、もし家庭で、家族が日本語を理解しない場合、辞書などの物的リソ−スも手元に置き効果的に活用することは必要と思われる。しかし教室内外で、いつも辞書が手元に持てる状況ばかりとは、言えないので、必要に応じて、周りの人に気軽に聞けるネットワ−ク作り、つまり他の人々と協力したり、聞くなどの社会的ストラテジ−訓練も必要と思われる。 3-3-2-2-2 教室内外での漢字の具体的学習法と書きテスト正答率との相関 ![]() 具体的学習方法については、外国人児童は「読み方を覚える」に正の相関傾向が、「何回も書く」などに負の相関傾向、「意味を表す絵を思い浮かべる」に5%水準で有意な負の相関が見られた。一方日本人児童では同様に「読み方を覚える」「何回も書く」に1%水準で有意な正の相関が見られ、異なった結果となった。「何回も書く」という学習法は、伝統的になされているものである。教師アンケ−トでも、「ノ−トに写す」「指でなぞる」など様々漢字を書く指導がなされている。成人の漢字研究では、佐々木(1990:pp.32-39)「空書を許可するグル−プと許可しないグル−プを、比較した結果、許可した方が漢字の再生率が高かった」とし、日本人の文字を手で空に書き記す空書行動の実験結果から文字の形を体で記憶する効果があることを主張している。「何回も書く」という学習法が、本来日本人学習者などでは効果が有りそうであるのに、読みの場合と同様に書くことでも、成績下位の外国人児童になぜ働かないのかが、ここでも問題となってくる。 3-3-2-2-3 教室内外での漢字学習媒体と書きテスト正答率との相関 漢字学習の媒体については外国人児童では「漫画」が5%水準で有意な正の相関があり、続いて「国語以外の教科書」が有意ではないが正の弱い相関がある。日本人児童では「国語の教科書」「町の中の看板」に1%水準で有意、「漫画以外の本」に5%水準で有意な正の相関が見られる。外国人児童は、日本人児童に比べ学習の媒体の種類が少ないようである。このことから、意識的に触れる機会を作る指導、「実践の機会を求める」などのメタ認知ストラテジ−の訓練が必要と思われる。 ![]() 3-3-3 抽象的漢字語彙習得に関わる問題 これまで、児童にとって漢字学習は文字学習ばかりではなく、語彙学習の意味があることを述べてきた。また先行研究、「母語でもその概念がわかっていない子供が、十分でない日本語で理解するのは非常に負荷がかかるだろう」という石井(1998:p.80)の指摘からも、外国人児童にとって、概念の獲得は容易ではないと予測できる。本調査の結果でも、読み書き正答率が著しく低い外国人児童が確認された。日本人児童については、正答率50%以下の児童は135名中2名と約1%となり、大部分の4年生以上の児童が3年生の漢字の読みでは困難を抱えていないのに対し、外国人児童では、読み書きとも正答率50%以下のゾ−ンが30名中9名で約30%存在している。彼らは来日3年以上の日常生活には困らない児童である。彼らにとっての漢字の読み書きの困難さとは一体、いかなるものであろうか。漢字が読めない、書けないと指導者側が言う場合、語彙として意味を理解していないための困難を含む場合も有り得る。試案作成に当たり、語彙指導の観点をどう位置づけるかが重要と思われるので、この点を見ておかなければならない。 具体的には、読み書きとも正答率50%以下の9名に、読みテストの無回答及び誤答の漢字語彙について、その概念理解度を、フォロ−アップインタビュ−として個別に確認した。方法は、ひらがな表記で文例を読ませ、該当漢字語彙を、言い換え、動作化などをさせ理解度を確認し音声録音し分析した。表-9は、その概念理解度を、無回答及び誤答数の内理解困難な漢字熟語の割合をパーセントで表したものである。児童Aの場合、読みテスト30問中29問が無回答及び、誤答で、その内3語の意味を理解していなかった。 回答例:うれしさをあらわす→うれしいことをともだちとかにいう みずとあぶら→肉とかやるときに使う ![]() <9人中6名が理解困難とした語彙> 酒屋(9名) 表す(8名) 幸福(8名) 他人(8名) 昭和(6名) 行動(6名) 結果として、前ペ−ジの表のように、理解困難語彙は児童により10〜69%までと、個人差があるものの、語彙の意味が理解されないまま、「何回も書く」という漢字学習や漢字指導が、続けられていることは事実である。また理解困難度の高い語彙は、児童の生活にあまり馴染みのないもの、「酒屋」、児童の話ことばでは、あまり使用されないもの、「表す」、抽象的な漢字語彙、「他人、昭和、行動」などがある。 漢字を読むためには、「形態、音、意味の3つの符号を知識として格納されている符号と照合されて、初めてその漢字が理解されることになる」(横須賀1999:p.99)から、この中の一つが、欠けても、記憶に結びつく漢字読字力とはならない。その為には、漢字語彙の意味を理解させる、語彙指導として漢字指導を捉え直すことは必要である。 3-4 まとめと今後の課題 調査結果をまとめると以下のようになる。 (1) 正答率平均は、日本人児童と外国人児童では差がある。 (2) 外国人児童にとっても、日本人児童同様に、読みより書きがより困難であ る。 (3) 外国人児童は日本人児童ほど学習媒体が多様ではない。 (4) 外国人児童は漢字を書く場合「周りの人に聞く」を日本人児童ほどしな い傾向にある。 (5) 成績上位の外国人児童は、「読み方を覚える」「なんとか想像して読む」傾 向にある。 (6) 成績上位の外国人児童は、「漫画」などに学習媒体を求める傾向にある。 (7) 成績下位の外国人児童は、「何回も漢字を書いて覚える」傾向にある。 (8) 成績下位の外国人児童は、「辞書を使う」「意味を表す絵などを思い浮かべ て覚える」傾向にあるが、教室内の指導法の影響も考えられる。 (9) 成績下位の外国人児童は、漢字語彙の概念理解度が低い。 児童の漢字学習においては、やはり語彙指導が大きな役割を果たすことを、留意しなければならない。成績下位の外国人児童について、「何回も漢字を書いて覚える」などの従来の文字としての学習法の効果が望めない一因としてその点が疑われる。その際、難解となる抽象的漢字語彙をいかに効率よく、理解させるかが鍵となるため、その具体的方法を模索しなければならないだろう。 また外国人児童でも日本人児童同様、読むことより、書くことが困難である。しかし、外国人児童は、来日3年を過ぎても、既習漢字を読むことにおいても、非常に困難を抱えている場合があるが、それに比べて4年生以上の日本人児童は、3年生の既習漢字については、読みの困難さを大部分抱えていない。こういった読み書きともに困難を抱える外国人児童には、まず当面は、読めることを目標にするといった学習指導要領の手直しも一案かと思われる。 それらを踏まえた上で、「読む努力をする」「学習媒体を増やす」など実践の機会を増やすメタ認知ストラテジ−育成、「周りの人に聞く」「学習者同士の協力」などの社会的ストラテジ−育成が、漢字習得には大きな要素であろう。 第4章 非漢字圏児童の漢字読字・書字力に関する課題 前章では漢字学習ストラテジ−に関して、質問紙法により考察を行った。しかし実際に学習者が学習行動を行った結果からも指導の手がかりを探る必要もある。なぜならば、質問紙で得られた回答はあくまで、学習者自身による行動の予測で学習の結果産出されたものではない。ここでは文字としての漢字に注目し、日本人児童についての先行研究の間違いの分析に従い、読み書きで産出された誤答から見られる学習行動を分析し、日本人児童との違いを考察する。その考察を基に、非漢字圏児童の漢字学習に直接的に働くであろう記憶ストラテジ−等を考察する。 4-1 調査方法 前章で、使用したテストについて、非漢字圏児童30名の3年生の漢字の読書きテストの誤答の部分を先行研究、日本教材文化財団(2000)で使用されている、読み書きでの誤答の原因を探る観点を利用し、非漢字圏児童の読み書きテスト採点後、読み誤りの特徴分類に従い漢字毎にその回数を数え、そこから予測できる学習行動を分析した。また日本人児童対象の先行研究では分類できない、誤りについては記述考察した。さらに、前回の調査で、成績下位の児童に行った語彙の理解確認インタビュ−の結果も参考にした。 テストの採点基準は、先行研究、日本教材文化財団(2000)に従い、読みの採点基準ついては、発音が誤ったものや、問題が要求する以外の読みは誤答とした。また書きの採点基準は、同様に先行研究の基準に従い、字形の誤ったものや点画に過不足のあるものは誤答とし、「はね、とめ、はらい」などの間違いは許容とした。 4-2 調査対象 4年生以上の非漢字圏児童計30名で、国籍は、ブラジル人24名、ペルー人4名、フィリピン人2名、である。 ![]() 読みの行動については、上記の(1)〜(3)に関する項目は、日本人児童対象の先行研究(財)日本教材文化財団(2000)で述べられているものであったが、(4)以降は述べられていない。これらは、筆者が、独自に記述分析したものである。次に具体的な例を挙げて考察を試みる。 (1) 既習の読みを当てはめる読み誤り 例:味をつける→みをつける すばやい行動→すばやいこううご 酒屋にいく→さけやにいく ピアノを習う→ピアノをしゅうう この種類の誤答は、もっとも多く22回となった。この場合、漢字によっては、音訓のどちらかしか習得していない可能性がある。原因として次の2点が考えられる。まず馴染みのない複合語として出現する為意味がわからず定着しなかったのではないだろうか。例えば「酒屋にいく→さけやにいく」は非漢字圏児童30名中9名が誤答としており、9名ともその意味を理解していなかった。酒という漢字は読めるのだか「酒屋(さかや)」となると「魚を売っている店だと思う」と答えた児童も1名いた。 またもう一つの原因として、指導する時点で、教科書での読み物などの教材のみ出現する読みのみ指導され、読みが複数あることに意識が向かないのではないかということが挙げられる。例えば、「味をつける→みをつける」は、30名中5名が誤答として書いたが、意味を説明させたところ、5人共理解していた。ちなみに児童らの使用する国語教科書、東京書籍(2002)『新しい国語 三上』では、「意味→ミ」で提出され、教科書の脚注として、その他の読みとして、「あじ」が提出されている。こういった誤答を防ぐためには、どういった手立てがあるだろうか。例えば、音訓を連携して覚えさせる方法である。その場合、まず第1に導入する読みは、児童の生活の身近な語彙、及び具体的な語彙での読みを導入する。第1の読みの習得がなされた後、それを基に漢字の持つ表意性を利用し、その他の読みも導入し漢字語彙を増やすなどが考えられる。 (2) 文脈からの類推 例:ピアノを習う→ピアノをかう これらの誤答は、該当漢字の習得がなんらかの原因でなされていないため、文脈からの情報のみを頼って誤答をしているものと考えられる。しかし文脈からの類推は有効であるという主張もある。島村(1984)では、日本人児童1600名に対し、漢字の読みテストを行う場合、文脈の有無では正答率の差があるかを調査した。例えば、「出動」と「パトカーの出動」といった提示方法である。結果として正答率に差が見られ、「提出語彙がどのような語であるかを推定する上で多くの情報が与えられており、その結果、正しい読みを与えやすくする」島村(1984:p.139)と述べている。しかし本稿の対象児童の場合、その該当漢字の形態と音と複合語の意味の記憶が曖昧なため、文脈の情報だけでは読みが、特定できず、誤りとなってしまったのではないだろうか。こういった誤りを防ぐためには、既習漢字語彙について、同漢字で複合語を作る場合や、同じ送り仮名を使うグル−プなどで意味、形態、音の違いを再整理し、意識化させる必要がある。 ![]() さらに、文脈から類推するという行動は、未習漢字を読む場合、言語として馴染みがあり、意味の理解がほぼされている場合、漢字の読みを新たに知る絶好の機会でもある。いろいろな文章に触れる機会を作り、文脈で与え類推させる、その一方で、既習漢字語彙の再グル−プ化をさせ、記憶を強化することを提案したい。 (3) 送りがなや、前後の漢字の類推 例:父は昭 ありの この誤りは、その該当漢字の形態と音と複合語の意味の記憶が曖昧なため、前後の漢字の情報だけでは読みが、特定できず、誤りとなってしまったようである。しかし文脈でも類推していたら、誤りが、モニタ−された可能性も出てくる。ここでは、(2)と同様に文脈で類推させる訓練をしながら、その一方で、既習漢字語彙の再グル−プ化をさせることで語彙そのものにも注目させる訓練をすべきある。 (4) 類似字形部分を持つ漢字からの類推による読み誤り 例:水と油→みずとゆ,みずとうみ、すばやく動く→すばやくはたらく この誤りは、その該当漢字の形態と音と複合語の意味の記憶が曖昧なため、特定できず、類似字形部分を持つ漢字からの類推し誤りとなってしまったようである。漢字は部首、編、旁などいくつかの構成部分から成り立つ文字である。この場合、構成部分での既習漢字の再グル−プ化をさせ、意味の確認をさせ記憶を定着させる必要がある。 (5) 音の認識の不確実さによる読み誤り 例:体重をはかる→たいじょうをはかる、一等→いっどう これは、同じ児童の読み誤りであった。意味については理解していたので、発音させると、「体重」は「たいじゅう」と発音するが、「一等」は、「いっどう」と発音する。音の認識が弱い児童の個別的問題と思われる。このように音の認識の弱い外国人児童には、音と表記を結びつけるために、文字を見ながら正しい音を聞かせ、音読をさせ振り仮名を書かせるなどの丁寧な指導が必要である。 (6)予測不可能なもの 例:父は昭和に生まれた→ちちはさわにうまれた 4-3-2 書字における分析 ![]() 誤答数 (1) 字形理解の不確実さ 28 (2) 音訓の類似による混同 16 (3) 類似字形との混同 6 (4) 意味理解の不確実さ 3 (5) 判別不可能 4 書きの誤答における学習行動では、日本人児童の先行研究と同じように類別できた。 (1) 字形理解の不確実さ この誤りは一番多く、28回見られた。形態が左右反対、字画が足りない、一部分を産出するなどの誤りがあった。 例: ![]() ![]() ![]() 形態の類似した漢字をグル−プ化し違いを識別させ意識化させる、そして導入する際も、単漢字が、どのような部分から成り立っているかを、意識させる丁寧な書字指導が必要である。 (2) 音訓の類似による混同 この誤りは、音訓の音のみ類似による混同によるものと(12/16字)、複数の類似点を持つ漢字(4/16字)、例えば「動と働」、「相と想」「島と嶋」のように、音読み、部分的な形態が同じで、意味も類似しているような漢字があった。 例: ![]() ![]() 音訓の類似は、漢字が表意文字であることを、確実に知らなければ、書くことが出来ない。文脈の中での音のみならず、それに結びつく形態や語彙としての意味に注目させる。特に複数の類似点を持つ漢字は、教育漢字の中では種類が特定できるので、今後グル−プ化をして、形態、文脈の中での語彙としての意味と、その語用の違いを意識化させる。 (1) 類似字形との混同 例: ![]() ![]() (2) 意味理解の不確実さ 例: ![]() 4-4 まとめと今後の課題 3年生の漢字読み書きテストの誤答の結果の考察から、非漢字圏児童の直接的な漢字学習行動は日本人児童と共通のものが多くあることがわかった。まず、音訓などの多様な読みを持つ漢字の特徴に注目して学べていないことである。さらに学年が上がるに従い、既習漢字の種類も多くなるため、「形態・意味・音」の類似から起こる混同が、複雑に絡み合い、漢字の習得をより困難なものにしていると思われる。 直接的な漢字学習ストラテジ−のトレ−ニングに関しては、記憶ストラテジ−の「知的連鎖を作る」を利用する。具体的には、既習漢字がある程度増えた時点で、漢字の再グル−ピングをさせる。同じ部首、旁、編などの共通の構造を持つ漢字、同じ語を頭にして複合語を作る漢字、同じ送り仮名を持つ漢字などでグル−プがあるだろう。それらを、再整理させることで、「形態・意味・音」の違いを意識化させる。 さらに、補償ストラテジ−の、「知的に推論する」などにも注目する必要がある。つまり、文脈での情報を基に漢字の読みを類推することを学ばせることで、漢字の持つ多様な読みに気づき語彙を豊かにする効果が期待できるからである。次章では、第3章、及び第4章での課題を基に具体的な試案を示していく。 第5章 非漢字圏児童の自律的漢字・漢字語彙学習への提言 ![]() ![]() 学習の流れについては、上記の表-13のように、繰り返すことで目標である自律的漢字学習へと向かって行く。この三つの局面に前出の具体的な自律的漢字学習支援システムが組み込まれている。 ![]() (例文の母語訳、意味理解の補助)( 例文を音読し写す) | ||
次に、「記憶した形態と意味を音声で表現する」や「文脈の中に学習漢字を入れ新しい文を作る」も音と形態と意味を結びつける大切な活動である。「象」 では、まず学習者が、例文を音読し、指導者が「象形文字には、他になにがある」と、働きかけなどから、「象形文字には、山がある」などの新しい文を作らせ、発話させ、ノ−トに、書かせる。「象形文字は?」とその意味を説明させる文を作らせるのも意味の理解に役立つだろう。また、友達の例文も聞かせ、人の作った文から学び、語彙を増やすことも出来る。 現場では、短冊を用意し、筆で書かせ、記録している指導者もいる。筆記手段が変わり、児童の意欲が高まったという報告がある。右の例が、6年生のブラジル人児童3名による短文である。こういった活動を通して児童が、漢字語彙を理解し、使用することでさらに理解が深まり、指導者側も児童の語彙の理解度を確認できるのではないだろうか。 |
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5-1-2 基本部分での指導例 導入部分では、漢字の「音・形態・意味」を指導者の支援のもの丁寧に行っていく。導入の部分が、しっかり理解されることを前提に基本部分からは児童が中心の自立的なものへと移行していく。つまり、児童が一人で、もしくは友人とタスクを完成し、導入部でのタスクを基に、誤りを確認する。指導者は、学習者が、どうしても解決できないとき、質問に答える方式をとる。 (1) 既習漢字を螺旋状に復習する。 (2) しりとりなどで連想し漢字語彙を増やす。 (3) 振り仮名、同訓(音)異義語、接辞、形態などのグループ分けで、音、形、 意味の違いを意識化する。 (4) 友だちと協力して定期的に読みのモニタ−をする。 「既習漢字を螺旋状に復習する」とは、新しい材料が導入された後、「自動的に使えるようになるまで時間の間隔を徐々において、必要な復習をする」(Oxford 1990:p.64)のことである。具体的には下の例のように行う。導入部分で入れられた新しい漢字は、その直後に新しい文の中で使わる。そしてこの基本部分で、例文読み練習タスクにより復習される。次に漢字単元をまとめて、新しい文の中で使うという復習タスクや拡大・確認部分で、例文50問の読み練習を行い、最終的には、漢字一字当たり、3〜4回の復習を行うこととなる。こういった体系的な復習は有効な記憶ストラテジ−であろう。さらにマンネリにならぬよう同じ漢字を復習していても、読む、文を作る、友だちとペアで行うなど活動の工夫が必要であろう。 ![]() 基本部分では、「しりとりなどで連想し漢字語彙を増やす」「ふりかな、同訓(音)異義語、接辞、形態などのグループ分けで、音、形、意味の違いを意識化する」も重要なタスクである。記憶ストラテジータスクのなかの知的連鎖を作る学習行動である。学年が上がるにつれ、既習漢字の数が飛躍的に増え、さまざまな類似から起こる混同を整理する必要があるからである。次頁に、タスクの例を挙げる。 ![]() 「友だちと協力して定期的に読みのモニタ−をする」は、基本部分では、2単元(約20字)まとめの既習漢字文作成タスクを行うことである。テストという形はあえてとらずに、既習漢字を、友だちとの協働学習でモニタ−させようというものである。友だちの作る漢字例文から、お互いに学べるpeer
learningの要素もある。これは「自己モニタ−をする」のメタ認知ストラテジ−育成と同時に、社会ストラテジ−育成のためのタスクでもある。 ![]() 5-1-3 拡大・確認部分での指導例 ![]() 拡大・確認部分では、「文脈からの援助や、既知の漢字知識から未習の読みを推論する」を、発展としてさせる。これは、単漢字の持つ音・訓など複数の読みを意識的に取り出して読ませ、漢字の表意性に意識し理解語彙を増やす取り組みである。「知的に推測をする」という補償ストラテジ−を育成する。具体的には、導入部で第1番目に提出した漢字の読み替えを、第1番目の読みを導入や基本部分でしっかり定着させてから、この拡大・確認部分で、例文とともに、まとめて提出する。その際、以下の方法で文を作り、文脈の中で語彙の意味や読みなどを推論させる。 おわりに
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(1) | 系統抽出法は、母集団を代表している標本の抽出に使用される無作為抽出法の一種である。母集団の大きさを抽出する標本数で割り、抽出間隔を決め選び出す方法である(鎌原他2001:p.30)。 | |
(2) | SPSSはStatistical Product and Service Solutionの略で統計パッケージと呼ばれる統計処理機能を持つソフトウエアの事である(鎌原他2001:p.125)。 | |
(3) | α係数とは、テストなどの測定結果の内容項目に信頼性があるか、つまり 内部一貫性が高いかを分析する公式で求められる係数のことである。産出されたα係数が.80より大きな値を示せば、その尺度は十分に信頼性が高いとされる(鎌原他2001:pp.103-104)。 | |
(4) | 正規性とは、テストなどの受験者の68%が平均値を基点に左右に対称に一つの標準偏差幅に入り、分布がベルカーブを示す。事象が起こる可能性の数が多くなるにつれ、分布は正規分布に近づくと言われている(J.D.ブラウン1996:pp.143-147)。 | |
(5) | Shapiro-wilkの正規性の検定は、母集団の正規性を検定する検定方法である。正規性が、確認されない場合、その後の統計手法が変わる(SPSS Inc. 2002 :p.257)。 | |
(6) | ノンパラメトリック検定は、正規性を保たないデーターを扱える検定方法である(内田治 1997:p.151)。 | |
(7) | Mann-Whitney のU検定は、母集団が正規分布しない場合、用いられる検定で、グループ間の差を検定するものである。平均値の違いの有意性などを検定する(内田治1997:pp.151-155)。 | |
(8) | スピアマン順位和相関係数は、正規分布していない二つの変数の関係の強さを表す係数である(SPSS Inc. 2002 : p.311)。 相関係数はrで表し、その評価は、以下のように迫田(2002 : p.200)に基づき行った。 例:0.0≦|r|≦0.2 → ほとんど相関なし 0.3≦|r|≦0.4 → 弱い相関あり 0.4≦|r|≦0.7 → 比較的強い相関あり 0.7≦|r|≦1.0 → 強い相関あり |
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参考文献
参考資料
・ Bと答えられた先生、すべての児童について、漢字指導での習得に関するどの項目に困難さを感じますか。 ・ ぶんをかいていて、ただしいかんじがおもいうかべられないときどうしますか? ・ つぎのことから、かんじをしることがありますか。 |
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資料 3 3年生漢字読みテスト |
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1 |
16 他 |
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2 |
17 ありの |
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3 |
18 |
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4 鼻がかゆい。 | 19 |
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5 |
20 |
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6 問 |
21 詩を |
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7 |
22 |
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8 |
23 |
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9 相 |
24 ピアノを習う。 | |
10 |
25 味をつける。 | |
11 すばやく動く。 | 26 うれしさを表す。 | |
12 やくそくを守る。 | 27 |
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13 |
28 |
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14 |
29 ゆびで、指す。 | |
15 深い |
30 酒 |
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資料 4 3年生漢字書きテスト |
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1 はたけをたがやす。 | 16 |
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2 すばやくうごく。 | 17 |
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3 |
18 かんじたこと。 | |
4 |
19 さか |
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5 |
20 |
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6 し |
21 |
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7 |
22 |
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8 おもい |
23 |
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9 |
24 |
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10 よこを |
25 |
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11 |
26 ミルクをあたためる。 | |
12 |
27 どう |
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13 |
28 |
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14 |
29 てつ |
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15 |
30 ボールをうける。 |