中国・サハリン帰国者教育の相互支援ネットワーク

2013年2月12日号

編集・制作:中国帰国者定着促進センター
          教務部講師会
発行者:中国帰国者定着促進センター

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◎目次――――――――――――――――――――――――――――――――

地域情報ア・ラ・カルト
・「支援・相談員」の現場から(その5)―滋賀県― +中国語訳

研修会報告
・第3回「支援・相談員、自立支援通訳のための医療通訳研修会」
・2012年度スクーリング講師研修会報告:所沢センター
・第58回全国夜間中学校研究大会

とん・とんインフォメーション
・『中国帰国者生活文化作品展』の入選作品がHPより見られます!

・ニュース記事から 2012.12.01〜2013.1.31


 

地域情報ア・ラ・カルト

「支援・相談員」の現場から(その5)−滋賀県−

吉川矩次さん 滋賀県支援・相談員
守山市国際交流協会副会長。10年前に自らが開設した日本語教室で、外国籍住民に日本語を指導している。5年前から中国残留邦人の滋賀県支援・相談員を担当。現在の担当世帯数は11世帯。

1.経緯

 「親子一家6人は昭和20年5月25日、国の方針に従って故郷をあとに渡満したが、生きて帰国できたのは自分一人で、あとの5人は飢えと寒さのために死んでしまった」。中国帰国者(永住帰国した中国残留邦人)のFさん(86歳)はさらにつけ加えた。「終戦の2ヶ月半前で戦局の見通しはついていたはずだが、そのときに何故満州へ渡らねばならなかったのか。当地でなめた筆舌に尽しがたい苦労を、国に弁償してもらいたい」と。この言葉を聞いたとき私は「開拓団の一員として海を渡りながら、このような悲惨な目に遭遇した人たちは少なくない。この人たちには残された人生を何とか安心して、楽しく暮らしてもらいたい」と思い、支援・相談員として努力する決心を強くした。
 定年退職する頃から勉強し始めた中国語がきっかけになって、平成19年4月から中国残留邦人の自立指導員を、20年4月から支援・相談員を担当するようになった。中国残留邦人のことは自立指導員になってから、関連の資料や実録、図書などで学びその実態を知るに至った。

2.中国帰国者の意見と要望

 私が初めて帰国者の皆さんを訪問したのは19年5月、まだ旧支援法下での厳しい生活状況の中で、以下のようにいろいろな意見、要望が出された。

  ・階段が狭くて急で、毎日の上り下りは病弱者にはきつい
  ・風呂やトイレが狭く、身体が弱っている家族の介護が十分にできない
  ・マーケットまでが遠く、足の弱っている者には歩いていくのが辛い
  ・子供や仲間がいる地域に住みたい
  ・病院で診察を受けても、言葉の関係から結果がよくわからない
  ・これまでに何度か要望を聞いてもらったが、何一つ実現していない

 帰国者の皆さんから聞いた意見や要望を県当局にありのまま報告した。住宅問題は同様に困っている一般人も多くいて、帰国者だけを優先することができないことを本人に伝えながら、少しでも要望が叶うように努めた。夫と死別して子供たちの住まいの近くに転居したいと望んでいた女性は、息子の住宅近くの単身住宅へ転居できた。近くに仲間がいなくて転居を希望していた男性と女性は、ともに他府県への転居が実現した。度々規則を無視しトラブルを引き起こした人は、まず日本語のわかる家族によく説明したあと、家族から伝えてもらって問題が解決したなどは納得がいったケースである。

3.支援・相談員としての感想、意見

 最初に帰国者を訪問したときは、その厳しい現実を涙ながらに切々と訴えられショックを受けた。訪問できるところは訪問を重ね、気持ちを通じ合わせるよう努力し、本人たちもだんだんと心を開いてくれるようになった。
 20年4月に新支援法が施行され、老齢基礎年金の満額支給と生活支援給付が実施されるようになった。本人はもとより家族にも経済的、さらには精神的なゆとりが出始めたように見受けられた。最近では、以前のように生活苦からくる厳しい意見や要望ではなく、日常の生活状況や子供の仕事など一般的な話題が多くでるようになった。と同時に、本人たちの平均年齢が75歳を超し、介護など老後が心配とか身体のあちらこちらが痛むなどといった話題が出て、気力も体力も弱ってきていることも否めない。
 滋賀県の帰国者は現在28世帯で、そのうち22世帯を2人の支援・相談員がカバーしている。我々の場合は各市の担当職員から要請があって初めて同行して訪問するのであるが、その頻度は市によって差がある。特に問題はなくても定期的に訪問し、話し合うことが必要だと思う。我々が訪問するということは市(行政)当局が帰国者に目を向けていることであり、皆さんはそれを待っている。最近、支援活動の実施主体は市、福祉事務所になった。しかし帰国者がそれほど多くない地域では、市単位にすると1人からせいぜい数人である。帰国者を訪問していると、以前のように地域全体での集まりを望む声もあるので、ときには都道府県全体として対応する必要があるのではないだろうか。
 国策に従い、何もわからぬまま親に連れられて海を渡ってソ連の攻撃に遭い、逃避行の途中に親と離別、さらに戦後の救援が遅れたために異郷で想像を絶する辛酸をなめざるを得なかった皆さんが、やっと落ち着いた生活ができるようになった。残された人生を楽しく安心してかつ有意義に送ってもらえるように、私は今後も微力ながら支援・相談員活動を続けていきたいと思っている。


来自活跃在支援第一线的支援咨询员的现场活动报告系列之五-滋贺县-

吉川矩次先生个人简介: 滋贺县支援・咨询员
守山市国际交流协会副会长。他现在在自己10年前开设的日语学习班,对当地在日外国人进行日语指导。5年前开始担任遗华日本人的支援・咨询员。现在负责的户数为11个家庭。

1.成为支援咨询员的经过

 中国归国者(永住归国的遗华日本人)F女士(86岁)说:“我们一家6口人在昭和20年5月25日,遵从国家的方针政策,远离故乡去了满洲,最后活着回来的只有我1个人,其他5个人因饥寒交迫而客死他乡。”她接着补充说:“对于当时在终战的两个半月前,战局如何应该早有预见的情况下,不知道为什么我们还必须要去满洲呢?在当地遭受了用笔墨言辞都难以表达的苦难,真希望国家能够给与补偿”。当时我听到这些话意识到作为开拓团的一员漂洋过海,遭遇如此磨难的人不在少数,为了让他们在余生能够安心地快乐地生活,更加坚定了我努力做好支援・咨询员的决心。
 退休后开始学习汉语是一个直接的契机,我是从平成19年4月开成为遗华日本人的自立指导员,接着从平成20年4月开始担任支援・咨询员。对于遗华日本人的事情,是当初作为遗华日本人的自立指导员时,通过学习有关资料、实录及图书等,了解并掌握了他们的实际情况。

2.中国归国者的意见、愿望及要求

 我最初去归国者他们那里家访是在平成19年5月,那时新的支援法还没有实施,他们的生活状况很严峻,以下是当时反映的各种意见、愿望及要求。

  ・楼梯狭窄并且倾斜度很大,每天上下楼对于体弱多病者来说特别吃力。
  ・由于洗澡堂和洗手间狭窄,护理身体虚弱的家人很不方便。
  ・离超市的距离太远,腿脚不好的人走着去非常辛苦。
  ・想住到孩子的身边或有朋友的地方。
  ・去医院接受诊治,由于语言的关系,对于病情的诊断结果无从知晓。
  ・至今为止虽然多次地提过愿望、要求,可是一个也没有得到解决。

 从各位归国者那里听到的意见、愿望及要求,向县有关部门如实地做了汇报。住宅问题上有困难的一般居民同样也很多,不可能只对归国者给予特殊照顾,把这种情况传达给本人的同时,努力使他们提出的愿望和要求,即使微不足道尽量争取得到解决。一位女性在丈夫去世后,希望搬到离孩子较近的地方居住,最后搬进了离她儿子家很近的单身住宅。由于附近没有朋友希望迁居的一位男性和女性归国者,迁居到了县外的愿望如愿以偿。对于多次无视规则,引起纠纷的人,先向懂日语的家人做详细说明,再由家人转达给本人而使问题得到了解决,本人也心服口服了。

3.作为支援・咨询员的感想、意见

 最初到归国者们那里进行家访的时候,倾听他们泪水满面地诉说严峻的现实,心灵受到很大的刺激。对可以访问的家庭通过多次家访,努力实现与他们心灵的沟通,他们慢慢地对我敞开了心扉。
 平成20年4月新支援法开始付诸施行,与于此同时老年基础年金和生活支援补贴制度也开始实施。我感到不仅是本人,其家人不但在经济上、而且在精神上开始感到了富余和轻松。就最近来说,像以前那样的反映来自生活上困苦的意见、愿望和要求没有了,取而代之的是反映日常生活状况及子女的工作等一般的话题多了起来。与此同时由于归国者本人的平均年龄也都超过了75岁,他们嘴里出现了涉及护理等方面的对晚年生活的担心及身体这里疼那里不舒服的话题,不能否认他们的气力和体力都在不断地衰弱。
 滋贺县的归国者现在有28个家庭,其中有22户是由2名支援・咨询员来负责支援。这里的情况是:首先应各个市的负责职员提出要求,我们与他们同行去家访,家访的频度根据各市情况不同而有所不同。我认为即使没有什么特殊问题,也有必要通过定期家访,与他们之间进行相互沟通。我们去家访其实也体现了市政府(行政部门)对归国者们的关心,同样这正是归国者们所期待的。最近开始以各市的行政部门、福祉事务为单位负责实施支援活动。但是,对于归国者人数分布较少的地区,按市单位划分有的只有一个人或几个人。去家访时,听到了希望像以前那样召集地区全体人员都能参加的集会的呼声,我们认为有时候作为都道府县本身也有必要给予全体的对应。
 遵从国家的方针政策 ,在不谙世事的时候随着父母漂洋过海到了异国他乡,遭到苏联的攻击;逃难途中与父母生离死别; 再加上因为战后的救援缓缓得不到解决,在异国他乡历尽了难以想像的艰辛困苦。现在,他们终于过上安稳的生活。作为一名支援・咨询员今后将一如既往地努力工作,为了使他们能够安心地、快乐地、有意义地渡过余生,愿付出微薄之力。

 

研修会報告

第3回「支援・相談員、自立支援通訳のための医療通訳研修会」
主催:中国帰国者支援・交流センター

 上記研修会が、昨年11月1日に台東区民会館(東京都)で開催されました。
 午前は「相談員としての医療通訳」というテーマで、NPO法人多言語社会リソースかながわ監事の三木紅虹氏による基調講演が行われました。一般的な通訳者と「相談員兼通訳」の役割の違い、医療通訳者のメンタルヘルス、通訳としての基礎訓練法など、「相談員兼通訳」という特殊な立場で帰国者と関わる際に重要なポイントが盛り込まれ、充実した内容でした。
 午後は、ロールプレイを通じた体験型講習とグループ討議が行われました。
 体験型講習では、@薬局で薬剤師から薬の説明を受ける場面、A手術前の説明を受ける場面、B病院の医療相談室での場面でロールプレイを行い、特に「メモの取り方」に焦点を当てた講師によるデモンストレーションもありました。具体的なメモの取り方や実践の場で使える表現など、通訳兼相談員としての実践について、体験を通して学べる内容でした。
 その後の討議では、4つのグループに分かれて事例に基づいた話し合いが行われました。例えば、「医者が帰国者の背景事情や帰国者に対する医療制度に理解を示さず診療に問題が生じた場合にどうしたらよいか」、逆に、「患者が医師を信頼しない場合、例えば、処方された薬を自分の判断で飲んでいない場合、それを医師に話すべきか」「医師が癌の告知をする際の通訳をすることになった。どのような点に配慮すべきか」等、参加者が遭遇した事例をめぐって活発なやりとりがなされました。医療の現場には深刻な場面も多く、現場に即した対応が求められるものですが、参加者間のやりとりを通じて、日本と中国の医療事情の違いなど、事例の背景にある諸問題や具体的な対処法などを共有することができました。また、一人で抱え込まず、ケースワーカーや行政担当者と協力して対応することの重要性なども確認されました。
 「相談員兼通訳」としての仕事を振り返り、その心と実践をブラッシュアップする有意義な機会になったのではないでしょうか。また、研修の時間や回数を増やしてほしいなど、支援・相談員同志の横のつながりを持つ機会を求める声もあがっていました。
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2012年度スクーリング講師研修会報告:所沢センター
研修会テーマ:
「コミュニケーション力(会話力)を伸ばす指導を考える〜『おしゃべり話題コース』のスクーリング〜」

 全国各地で遠隔学習課程の受講者をサポートしているスクーリング講師を対象に、2012年11月15日、16日の2日間、東京で研修会を開催し、41名の参加を得ました。
 「おしゃべり話題コース」は、帰国者の生活圏にいる普通の日本人(例えば、同じ団地の自治会活動で出会う人、保育園や学校で知り合いになったお母さん・お父さん、職場の同僚や上司、趣味を通じて知り合った人等)とのおしゃべり(雑談・歓談)場面で必要なコミュニケーション力(会話力)を身につけることを目的としたコースです。日本で社会生活を送る生活者としての帰国者、特に二・三世世代にはぜひ一度は受講してもらいたいコースで、現在、遠隔学習課程の中で一番人気があります。
 研修1日目は、まず帰国者の日本語コミュニケーション力の現状を概観し、その力を把握するための“物差し”として、当センターが開発中の「中国帰国者『コミュニケーション力』水準」(※1)を紹介しました。その後、「コミュニケーション力水準」に基づいて開発された遠隔学習課程の「おしゃべり話題コース」の学習プログラムと教材『おしゃべりトレーニング』(※2)について紹介しました。また、当コースではプリントによる課題提出だけではなく、インターネット無料ビデオ通話(スカイプ)を利用し、当センター講師とパソコンを通じて直接話すことができるプログラムもあり、遠隔地の受講者と行った実際のおしゃべりの様子もビデオで紹介しました。
 その後、小さな会場に分かれ、スクーリング指導において学習者のコミュニケーション力を見るための観点8つ(※3)を共有したうえで、実際の事例Aとして、二世学習者と講師とのおしゃべり(スカイプ映像)を10分程度視聴しました。そして、8つの観点を基に学習者のコミュニケーション上の問題点を把握し、コミュニケーション力を伸ばしていくために指導したい事柄と指導方法について意見交換を行いました。次にもう一人違うタイプの事例Bについても、3〜4人の小グループに分かれ、事例Aと同様にコミュニケーション力の把握と指導項目の検討等を行いました。
 2日目は現在「おしゃべり話題コース」を指導している講師の方を中心に、受講者の様子や指導の実際などについて話を伺った後、その他の遠隔学習課程の担当コースについても、意見交換を行いました。

※3コミュニケーション力を見る観点
a 音声上の問題はないか:発音、イントネーション、話し方(声の大きさ、強弱等)
b 相手の質問を聞き取れているか(聞き返しのストラテジーを含む)
c 最低限の回答はできているか
d 回答に+αの情報などを付けるなどして、やりとりをつなげようとしているか

例1)回答に+αのない例
A:おいしいものっていうと?
B:やっぱり餃子ですね。
A:ああ、餃子ね‥。 ‥‥ 。 ‥‥ 。他には?

例2)回答に+αのある例(下線:+α)
A:おいしいものっていうと?
B:やっぱり餃子ですね。具の種類が何十種類もあるんですよ。
A:へえ、具ってそんなに種類あるんだ? 例えば?

e 少し長く、かつわかりやすく話せているか
f かみ合ったやりとりができているか(話がずれることなく会話のキャッチボールが成り立っているか)
g 言葉遣い、話題等で相手に違和感を与えずにやりとりができているか
h 適切に方言が使えているか

 事例A・Bを通して、「おしゃべり話題コース」のスクーリングでは、自分に関わることを説明したり伝えたりするのに相応しい語彙・表現が蓄積できるようにすること、一問一答で終わるのではなく、受け答えに何かしら+αの情報を付け、相手とのやりとりを繋げていこうとする姿勢を持ってもらうこと、また相手が唐突に感じない話題の提示の仕方などを意識してもらうことが大事であることを確認しました。そして、コミュニケーション力を見る8つの観点を、講師側のみが意識するのではなく、学習者にも共有してもらい、「コミュニケーション力アップのための自己チェックポイント」として使ってもらえるようになれば、講師と学習者が共に目標を定めて学習を進められるようになるのではないかという提案がなされ閉会しました。
※1  詳しくお知りになりたい方は、当センターホームページ〈教材・論文コーナー〉「紀要」第12号(2010年8月20日発行)「中間報告:『評価』再考―中国帰国者コミュニケーション力水準の設定・判定テストの開発について―」をご覧ください。
※2  当センターホームページで一部教材サンプルがご覧いただけます。「中国・樺太帰国者のための日本語通信教育『遠隔学習課程』」という水色のアイコンから「おしゃべり話題コース」にお入りください。


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第58回全国夜間中学校研究大会

 2012年11月29,30日の2日間、東京都葛飾区のウィメンズパルで、「第58回全国夜間中学校研究大会」が開催されました。同大会は、1年に1回、関東地区と近畿地区、交互に行われています。
 今回の大会の主題は「夜間中学校の実態から教育の課題を明らかにし、義務教育未修了者の人権としての学ぶ権利を保障しよう」でした。
 本稿では2日目の第4分科会〈引揚帰国者・新渡日外国人教育〉について報告します。

1)「中国人教師としての授業実践」〜生徒に必要とされる私であるために〜
  広島市立二葉中学校 住野海音教諭の報告
 広島地区の夜間学級の生徒は、ほとんどが中国籍。自分が中国人教師であるため、生徒から個人的な悩みや相談を受けることもよくある。日本の大学まで進学を志望する者もいれば、非識字かそれに近い高齢者もおり、様々なニーズを持っている。これまでの5年間、「魅力ある授業」「わかりやすい授業」を目指して取り組んできた。どの教材を使っても、どのクラスでも、生徒が「@学校は楽しいAわかるB大丈夫、ついていけるCおもしろいD聞こえたE覚えられたF使えるG今日は来てよかった」と感じられるように常に心がけている、とのことであった。
 また、それぞれのクラスに合わせた語彙を覚えるための自作プリント教材や、これまでに作った教材をまとめた冊子の紹介があった。

2)「本校における新渡日生徒及び中国引揚帰国生徒の進路状況とその後」
  東京都荒川区立第九中学校 武藤陽子教諭の報告
 報告者の武藤教諭は「夜間中学を卒業してせっかく高校に進学したのに卒業まで辿り着けない生徒が多い。日本で仕事をするなら会話だけでなく読み書きが必要。ハローワークでもパソコンが使えなくては仕事が探せない。資格を取りたくても高卒が条件になっていることも多い。将来のため何とか高校まで卒業してほしい」との思いを強く訴えていた。
 荒川区立第九中学夜間学級では、平成16年度から平成23年度までの8年間で高校に進学した者は118名おり、その中で高校卒業できた生徒は77名(65.3%)、中途退学になってしまった生徒は41名(34.7%)であったとのこと。
 その後の聞き取り調査により、卒業できた人たちからは、「人間関係がよかった/日本の高校生活に慣れ、たくさんの友達を作れた/国語(漢文)の授業で辞書などを使って頑張った/野球サッカーなど部活を続けた/パソコンが使えた/授業態度がしっかりしていて欠席・遅刻をしない」などの理由が聞かれ、逆に途中でやめてしまった人たちからは「人間関係でつまずいた/勉強についていけなかった/授業がうるさくて勉強の雰囲気ではなかった/経済的理由/仕事やバイトが忙しい/家庭の事情」などが主な理由だった。要は、「努力と意志、コミュニケーション力(積極性社交性)、明確な目標があるか、経済的基盤があるか」といったところが重要であり、逆に「周りが行くから、高校生になってみたい」だけでは続かない。
 「今後も進路指導をしっかり行うとともに、さらに長期的な視野を持ったキャリア教育の必要性を感じている。生徒自身何が好きか、何がしたいか、どんな人生を送りたいかなど、自分を知り自分としっかり向き合う機会を作っていきたい」との話があった。

 大会の要項や当日の様子はHPから見られます。
 http://www.zenyachu.sakura.ne.jp/58th/index.html

 

とん・とんインフォメーション

『中国帰国者生活文化作品展』の入選作品がHPより見られます!

昨年10月16日(火)〜10月19日(金)、『中国帰国者生活文化作品展−日中国交正常化40周年及び援護基金創設30周年記念事業−』が、東京中国文化センターで開催されました。入賞した40作品が、中国残留孤児援護基金のHPより見られます。
@書道・水墨画A写真B絵画(油絵、水彩画、絵手紙等)C手工芸・その他(切り絵、篆刻、刺繍等)の4部門から選ばれたすばらしい作品ばかりです。ぜひご覧ください。

検索☛ 中国残留孤児援護基金(HPトップ)→中国帰国者生活文化作品展→入選作品
http://www.engokikin.or.jp/business/exhibition/tabid/111/Default.aspx

ニュース記事から 2012.12.1〜2013.1.31

2013/01/19 満州開拓の本600冊寄贈、阿智村の満蒙開拓平和記念館準備会に大阪中国帰国者センターから/長野
2013/01/31 生活保護引き下げ、中国残留邦人に対する給付にも影響/厚労省 ※1

※1  2013年度政府予算案で生活保護基準額の引き下げが決まったことに関連し、基準額を参照して対象者を決めている主な制度や支援策を厚生労働省が明らかにした。
 基準額引き下げの影響が及ぶ主な制度として、「就学援助/保育料の減免/高額療養費の所得区分/国民年金保険料の免除/永住帰国した中国残留日本人孤児に対する支援給付」などがある。

 

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