「姫路市小中学生の学習意欲格差:多文化教育のための予備研究」

関口 知子(姫路工業大学非常勤講師)・宮本 節子(文化環境学大講座)
The Incentive Divide of Public School Students in Himeji: A Preliminary Study for Multicultural Education

Tomoko SEKIGUCHI    

 Setsuko MIYAMOTO
キーワード:教育の階層差・意欲格差・ニューカマーの子ども・教育改革・多文化教育

Abstract
This paper is concerned with the “incentive divide” among public school students in Himeji, focusing on the domains of learning orientations and educational aspirations. In a series of educational reform controversies, long neglected issues of educational inequality among socio-cultural classes has been raised. Empirical studies by Kariya, et.al. (2002) demonstrated that the incentive to learn as well as academic standards of Japanese students have been deteriorating over the last decade, with the trend toward widening gaps between “haves” and “have-nots” of socioeconomic and cultural capital, i.e. parental human capital. In those discussions, however, little attention has been given to the “New Comer” foreign students who have grown salient in Japanese public schools after 1990’s, even though their socio-cultural background may exacerbate the educational disparity even further.
The purpose of this paper, therefore, is to explore the current status of public school students in Himeji, including foreign students. Students in three primary schools and three junior high schools (N=945) responded to a questionnaire extending the longitudinal national survey done by Cabinet Office “Life and Consciousness of Japanese Youth.” The findings indicated that the incentive divide between Japanese students (n=892) and foreign students (n=53) actually existed, and that some students especially among Vietnamese and Brazilians seemed poised for a path of blocked aspirations by being excluded from the access to post-secondary education. 
Multicultural Education is an educational reform movement and a process, which seeks to create equal educational opportunities for all students, including those from different racial, ethnic, and social-class groups. It is hoped that this study will add a new light to the issue of growing inequality in Japan and will support the Multicultural Education Movement, which is still marginal in Japanese public school context.

はじめに:教育における階層差 
 グローバル化の進展に伴い、日本社会の多民族化・多文化化が顕在化している。姫路市においても外国人人口は増加を続けており、2001年12月末現在で外国人登録者総数は10,675人、外国人住民割合にして2.2%と、全国平均1.4%を大きく上回る外国人多住自治体の一つとなっている。
 市内の小中学校には、従来から定住3〜4世代になる在日韓国朝鮮籍の子どもたちが多数在籍しているが1、80年代からはベトナム人ら「インドシナ難民」の子どもたちが増え2、さらに90年の

「出入国管理及び難民認定法」改定以降3は、全国の傾向と同様、「ニューカマー」(新来外国人)移住労働者家族の子どもたちが増えたことによって、外国人児童生徒の多国籍化が進んだ。そのため、異なる言語文化的背景をもつ外国人児童生徒の受け入れ体制の整備や、学校や地域の中での「共生」を目指した「多文化教育」の取り組みが、地域の教育課題の一つとして認識されてきた。
 兵庫県教育委員会により策定された「外国人児童生徒に関わる教育指針」(2000)にも、日本語

指導だけに留まらず、外国人の子どもたちが「将来に対して希望を持って進路選択ができるような学習指導と進路指導の充実」が、重点目標として明記されている。しかし、一握りの先進モデル校を除いて、課題はそのまま持ち越されて今日に至っており、むしろ、滞在の長期化が進んだニューカマーの子どもたちの「就学率・進学率の極端な低さ」、「不登校・中退の増加」が問題視されてきている。
 全国的にみても、学齢期にあるニューカマーの子どもの相当数が「不就学」状態にあり(表1)、たとえ日本の学校に通っていたとしても、その多くが「中学卒」に終わってしまうという看過しがたい状況が報告されている。県内の「中国帰国者」
4
生徒とベトナム人生徒の全日制高校進学率(1988年〜2001年)をみても、追跡できた範囲に限定されるものの、中国帰国者生徒が62.5%、ベトナム人生徒においてはわずか15.1%という深刻な状況が判明している(兵庫県在日外国人教育研究協議会、2002年)。
 ただし、ニューカマーの子どもの不就学・不登校・高校進学率などの統計資料については、体系だったデータは存在せず、表1の不就学率も、実際に訪問調査を実施した上で算定している群馬県大泉町と長野県の数値以外は、推計によって算出された大雑把なものに過ぎない。90年代以降、日本語の不自由な子どもが急増したことを

背景に、文部科学省は「日本語指導が必要な外国人児童生徒の在籍調査」を毎年9月に実施するようになったが、「来日3年未満の日本語が不自由な子ども」を対象としているために、滞在が長期化した子どもや日本語指導が必要ないと判断された子どもは含まれない。毎年5月に実施される「学校基本調査」にしても、外国籍の児童生徒数だけが一括で報告され、日本国籍を持つ「外国にルーツを持つ子どもたち」については把握できていない。
 こうしてニューカマーの子どもの実態把握が進まないなかで、事態はますます深刻化してきている。日系ブラジル人が多数居住する外国人集住都市5では、「昼間から学校に行かずにふらふらしている」外国人青少年の存在が目に余るようになってきており、非行化の温床になるとの懸念から、危機意識が高まっている(関口、2003b;2003c)。
また、外国人集住地13県に在住するブラジル、ペルー、パラグアイ、アルゼンチン、ボリビアなどの日系子弟150人を対象として実施された『日系就労者子弟の教育に関する実態調査』(海外日系人協会、2003)の結果は、「デカセギ日系子弟の3人に1人が将来も日本に住みたいと考え、日本定住傾向が高まっているにも関わらず、64%が小学校までで日本の学校を辞めている」という、さらに厳しい現状を浮き彫りにしている6

表1.学齢期にあるニューカマーの子どもの不就学率*
地域 不就学率 国籍 算出方法 出典・備考
全国 28%
(2000年)
全国籍 既存統計からの推計 鈴木(2002)「外国籍の子どもたちの教育:21世紀教育改革への問題提起」レポートより
全国 30%
(2001年)
ブラジル
ペルー
海外日系人協会の推計 海外日系人協会(2003)「日系就労者子弟の教育に関する実態調査」より
群馬県大泉町 21%
(2002年)
ブラジル 大泉町国際政策課職員、学校教員、日本語指導助手による面接聞き取り調査 文科省研究指定事業(2002)「不就学外国籍児童生徒の実態把握と就学支援のあり方」の調査。託児所や私塾だけに通う者も不就学とみなして算出
長野県 25%
(2001年)
全国籍 教育委員会調査 認可されていないブラジル人学校(私塾)在籍者や、一時帰国、転居などで所在不明の子どもも不就学者数に含まれているが、朝鮮初中級学校就学者は、不就学には含まれていない
静岡県浜松市 21%
(2002年)
ブラジル 浜松市国際室の推計 浜松市国際室による不就学調査(2002年4月)より

 *学齢期の子どもの総数に対する日本の学校にも認可外国人学校にも就学していない子どもの割合

 高校進学率が97%7を超え、今や高校が「準義務教育化」した日本社会の中で、「ニューカマー」の子どもたちの多くは、日本で生きていくための最低限の学歴を獲得することもままならず、将来に希望を持つことが難しい、非常に厳しい状況にあるといわざるをえない。しかし、状況打開に向けて既に対策を打ち出し始めている外国人集住自治体8以外の地域では、こうした深刻な状況に対する社会的認知は依然低い。姫路市内においても、ベトナム人多籍校を除いては、ニューカマーの子どもが少数で各校に分散して在籍しているため、問題が潜在化しがちであり、地域に在住する外国人児童生徒の実態把握についても、未だ十分に進んでいるとはいえないのである。
 一方、日本人の子どもたちの状況についても、一連の「新保守主義・新自由主義の教育改革」(佐藤、2000)のもと、「教育の階層間格差の拡大」や「階層格差の世代間再生産」の懸念が指摘されてきている(苅谷ら、2002)。日本の教育言説の中でタブー視されてきた「教育の階層差」のテーマを教育改革論争の俎上にのせた苅谷らの調査は、日本の子どもたちの学力や学習意欲の低下を実証しつつ、それが単なる平均水準の低下ではなく、親の職業や学歴といった家庭的背景がもたらす格差の拡大を伴っていることを明らかにした。塾に行かせる余裕もない、家で勉強を見てやることも難しい、家庭環境の不利な子どもたちにおいて、学力と学習意欲の低下の度合いがより一層深刻だということを、実証データで示したのである。
 小学校高学年段階から授業がわからなくなり、学習意欲も基礎学力も著しく低下しているのは、「できる子」よりは「できない子」、そして、学校の授業にしか頼れない家庭環境にある子どもたちだという問題提起は、まさに、ニューカマーの子どもたちの多くが置かれている状況に重なるものである。「週完全5日制」が導入され、「親子で休日を有効に過ごしましょう」といわれても、土曜日に親が仕事を休めない、科学館や博物館に連れていってもらうことも期待できない家庭の子どもはどうしたらいいのか。さらに、読み書きや計算の基礎学力も身についていない子どもには、「総合学

習」で求められる「自ら学び、考える」子ども主体の「新学力観型」の学習スタイルは容易ではない(苅谷ら、前掲)。結果的には、そうした子どもたちのますますの学習離れを促してしまう可能性の方が高いだろう。
 持てる家庭と持たざる家庭の「社会文化的階層間の教育格差」を拡大し、「できる子」と「できない子」の二極化を進行させている現行の教育改革路線は、学校を唯一の学力保障の場としている家庭環境の不利な子どもたちに、最も痛みを伴うものである。そして、その典型がニューカマーの子どもたちなのである。
 いずれにせよ、様々な調査を通して明らかになってきたニューカマーの子どもをめぐる驚くべき教育実態は、社会全体の不平等化が容認されるようになってきた日本社会の合わせ鏡として、「教育の不平等」の拡大化をあぶりだしているといえるだろう。
 こうした問題意識を背景にして、以下では、懸念されているような「教育の階層格差」が姫路の小中学生にも実際にみられるのか、さらに、外国人の子どもにおいてはどうなっているのかを検証してみたい。本稿が、日本の教育現場で進む潜在的な機会不平等の一端を明らかにできればと考える。


1 調査の概要
1.1. 調査の目的と方法
 本調査は、平成7年度(1995年)と平成12年度(2000年)に実施された内閣府政策統括官による「青少年の生活と意識に関する基本調査」(全国400地点、小学4年生〜中学3年生、層化二段無作為抽出、有効回収数2,271人)の項目を基本的に踏襲する形でアンケート調査を作成し、姫路市小中学生の生活と意識の実態を、外国人児童生徒の実態も含めて把握することを意図したものである。
 市内の小学校3校、中学校3校の協力を得て、小学4年生から中学3年生を対象に各学校で実施し(2002年2月〜4月)、対象校に在籍する外国人児童生徒については特に「日本語指導専任教

員」の先生方や「多文化共生サポーター」の方々の協力を得て9、学校で実施した。しかし、外国人児童生徒のデータ総数が少ないことから、上記対象校以外の学校に通う外国人児童生徒にも協力を依頼し、回収できた有効回答票を今回の分析に含めた。児童生徒の調査票は計1,050人分を配布し、945票の有効回答を得た(回収率90%)。また、上記中学校2校の協力を得て、保護者へのアンケート調査も留置法により250票配布し、223票の有効回答を得た(回収率89.2%)。
 小論では、主に本調査の児童生徒データを利用して、属性の違い(社会経済的・文化的・民族的属性)によって、子どもの学習時間・学習意欲・進路希望に差がみられるのかを検証する。

1.2. 調査の対象者プロフィール
 有効回答者総数945人の構成を、性別・学年別・民族ルーツ別にみたものが表1-1と表1-2である。日本人児童生徒が892名(94.4%)に対し、外国人児童生徒が53名(5.6%)と大きく偏ったサンプル構成なため、分析上の限界があるが、表1-3の調査校プロフィールにみるように、各調査校の全校生徒数に対する外国人児童生徒在籍率を、ある程度反映するものである。
 全国的にみると、「日本語指導が必要な外国人児童生徒」が学校に1人だけという「1人在籍校」が約5割、「5人未満在籍校」が約8割を占める状況であり10、調査協力校のA小、B小、C小は「ニューカマー多籍校」といえる。9人のY中のニューカマー在籍率も、高い方といえるだろう。

 さらに、各校プロフィール(表1-3)には、子どもの学習行動や意欲に影響する要因とされる親の学歴や職業(ここでは世帯就労タイプで表した)など社会経済的地位の一端が分かるデータを併記した。「ニューカマー多籍校」と、「ニューカマー生徒在籍なし」で親が大卒以上の割合が有意に高いX中のプロフィールは、極めて対照的なものになっている。これらは、アンケートとは別に実施した聞き取り調査の中で把握された内容にも合致するもので、ニューカマー多籍校の校区周辺には外国人を雇用する中小企業や工場、外国人世帯が多数入居する公営住宅があり、要保護・準要保護世帯が多いが、X中周辺はミドルクラス住民主体の安定した校区で、教育熱心な親が多いとのことであった。
 実際、回答者を日本人・外国人11の二集団に分け、χ²検定にかけた結果、世帯就労タイプにおいても(χ²(3)=41.5, p<.01)、親の学歴においても(χ²(6)=27.9, p<.01)、有意な偏りがみられた。そこで、残差分析をおこなったところ、外国人世帯においてはフルタイマーが少なく(-3.3, p<.01)、逆に、親の最終学歴が「中学卒」であるケースが多いことがわかった(3.9, p<.01)。
 ある母子世帯のベトナム人女生徒は、調査票の親の職業欄の余白に、「おかん仕事いくら探しても、不景気やからない」と、失業中の厳しい家庭状況を吐露している。

表1-1. 性別・学年別構成(小学4年生〜中学3年生)        人(%) 

小学4年 小学5年 小学6年 中学1年 中学2年 中学3年 合計
89(20.8) 103(24.1) 94(22.0) 42(9.8) 72(16.9) 27(6.3) 427(45.2)
286(67.0) 141(33.0)
123(23.7) 121(23.4) 105(20.3) 50(9.7) 92(17.8) 27(5.2) 518(54.8)
349(67.4) 169(32.6)
合計 212 224 199 92 164 54 945(100.0)
635(67.2) 310(32.8)

表1-2.  調査回答者のルーツ別構成
民族的背景* %
日本 892 94.4
ベトナム 23 2.4
ブラジル (日系ブラジル人) 13 1.4
韓国・朝鮮 9 1.0
中国 3 0.3
フィリピン 3 0.3
その他 2 0.2
合計 945 100.0

*回答者本人、両親、祖父母の代までの民族的背景

表1-3.  調査協力校のプロフィール                          (%)
  ニューカマー在籍率* 親中学卒 親大卒以上 フルタイマー
世帯**
困窮
世帯***
通塾
A小 ベトナム多籍、計47人(6〜7%)* 5.2 16.5 85.9 3.2 69.9
B小 ベトナム多籍、計28人(6〜7%)* 3.8 22.4 77.2 5.9 65.4
C小 多国籍、計22人(4〜5%)* 5.4 34.0 87.1 2.0 63.9
X中 在籍なし 1.2 56.5  94.1 0.0 82.4
Y中 ブラジル多籍、計9人(1%)* 4.3 26.1 89.9 1.4 88.4
Z中 韓国・中国・その他 2.7 43.6 91.9 3.4  89.3
* ここで示す在籍率は、2002年6月時点の各校の全校生徒数に対するニューカマー外国人児童生徒数の割合であり、表1-4に示す本調査の有効回答者に占める外国人児童生徒数とは一致しない。尚、X中・Z中を除く全ての学校が2002年度文部科学省「日本語教育推進教員加配校」として専任教員1名が加配されている
** 父母のいずれか片方がフルタイム職(自営含む)を持ち、安定収入を得ていると考えられる世帯
*** 父母の職業欄が、無職×無職、無職×回答なしで、生活が困窮していると考えられる世帯

表1-4. 学校別のルーツ別児童生徒構成                      (人)
  日本 ベトナム ブラジル 韓国・朝鮮 中国 フィリピン その他 合計
A小 238 6 1 2 - 2 - 249
  B小 222 12 - 1 1 - 1 237
  C小 137 2 2 3 1 1 1 147
  対象外小 - - 3 - - - - 3
X中 85 - - - - - - 85
  Y中 65 - 4 - - - - 69
  Z中 145 - - 3 1 - - 149
  対象外中 - 3 3 - - - - 6
合計   892 23 13 9 3 3 2 945

表1-5. 外国人児童生徒 ルーツ別「日本生まれ」の割合        (人)
本人の出生地 ベトナム ブラジル 韓国・朝鮮 中国 フィリピン その他 合計
日本生まれ 7 - 8 2 3 - 20
外国生まれ 16 13  1 1 - 2 33
合計 23 13 9 3 3 2 53

 表1-4は、回答者本人、両親、祖父母の代までに外国ルーツを持つ者を外国人児童生徒として、学校別のルーツ別児童生徒構成の内訳を示したものである。さらに表1-5で、外国人児童生徒に占める「日本生まれ」の人数をルーツ別に示した。 
 1978年の最初の定住から25年を経たベトナムのケースでは、日本生まれ・日本育ちの第二世代が7名となっている。その一方で、外国生まれが16名となっており、ベトナムから呼び寄せた「配偶者の連れ子」などの形で、新規に来日するケースも多いことが伺われる。ブラジルのケースは、13名全員が外国生まれで90年以降デカセギで来日した家族であるが、なかには定住を決意している家族もある。韓国・朝鮮のケースについては、本人が韓国生まれで2001年に来日した1名を除き、残る8人は祖父母の代までに韓国・朝鮮のルーツを持つ者で、「日本生まれ」の在日三世・四世または日本人との国際結婚による所謂「日韓ダブル」と考えられる。中国のケースは、1996年に来日した1名を除き、残る2名は「日本生まれ」である。「中国帰国者家族」の子ども、「中国人留学生・就学生」で定住化した家族の子ども、日本人との国際結婚の子どものいずれかと考えられる。フィリピンのルーツを持つ児童は3人とも日本人との国際結婚の子どもである。その他2名はモンゴル、ギリシア生まれであった。
 「外国ルーツ」を持ちながら「日本人」扱いになっている「日本生まれで日本国籍を持つ」在日三世・四世や国際結婚家族の子どもたちは、各学校に潜在すると思われるが、本調査では以上が把握されたのみである。尚、中国・フィリピン・その他のケースについては、それぞれ民族ルーツ別で5人にも満たないので、以下、民族ルーツ別の分析には含めないこととする。

2. 調査結果
2.1. 学習時間における格差

 日本の子どもの学習時間が激減している傾向が、90年代、IEA(国際教育到達度評価学会)の国際比較調査をはじめとする様々な調査報告か

ら指摘されてきた。例えば、1995年のIEA調査では、日本の中学2年生の放課後の校外学習時間(塾を含む)は2.3時間で39ヶ国中30位であったが、1999年の追跡調査ではさらに有意に減少し、日本の子どもの校外学習時間が世界でも最低レベルになっている状況が裏付けられた。
 佐藤(2000)によれば、1995年以降の種々の調査結果から、こうした「学び」からの逃走傾向が、小学校高学年から中学3年にかけて年々強まっており、特に大都市や人口規模の大きい地域に顕著にみられるという。例えば、東京都全域(島部を除く)の中学生を対象にした東京都生活文化局による「大都市における児童生徒の生活・価値観に関する調査」は、中学2年生の「自宅で全く勉強をしない層」が1992年に27%であったのが1998年には43%と急増する一方、「自宅で3時間以上勉強する層」は6年間で14%から5%に減少している状況を明らかにしている。 
 関西都市部の小中学校を対象とした「生活と学習についてのアンケート調査」(苅谷、2002)では、小学生よりも中学生において学習離れが顕著な結果となっており、「家で学校の宿題をしない」中学生の割合が1989年に11.4%だったのが2001年には33%と増加し、「学校の勉強の予習をしない」・「復習をしない」割合も、それぞれ4〜6割から6〜7割に増大している。
 佐藤(前掲)は、こうした学習離れの進行が、数年のうちに全国の各地方に伝播してゆくと予見していたが、姫路の調査結果はどうなっているだろうか。以下に、内閣府の全国データの結果と比較しながら、見ていこう(表2-1)。
 全国データをみると、小・中学生ともに、学習を「ほとんどしない」・「30分くらいしかしない」層が5年間で増加しており、学習離れが全国的に進んでいるようである。一方、2002年の姫路データの結果は、2000年の全国データと比べ、1時間以下しか勉強しない層の割合はより少なく、2時間以上勉強する層の割合はより多い。都市部や全国平均と比べ、「まだまし」な状況といえそうだ。しかし、中学生になると「家で全く勉強をしない」割合が高くなるのは全国の傾向と同じで、内外の先行調査結果とも一致している。 

表2-1. 全国と姫路の別・小中別  校外学習時間          (%)
  0時間 0.5時間 1時間 2時間 3時間 4時間 5時間 無回答
全国(1995) 11.7 32.9 32.6 14.8 5.5 1.5 0.8 0.2
全国(2000) 16.4 38.0 29.4 9.8 4.1 1.5 2.2 0.8
姫路(2002) 11.3 23.7 25.2 18.7 12.6 4.2 3.5 0.8
全国(1995) 13.1 14.2 24.6 27.1 14.7 4.8 1.5 0.1
全国(2000) 19.9 18.1 23.3 25.3 10.3 2.7 1.0 0.0
姫路(2002) 15.9 6.8 17.2 28.2 21.4 6.5 3.6 0.6
表2-2. 小中別・ルーツ別 校外学習時間                (%)
  0時間 0.5時間 1時間 2時間 3時間 4時間 5時間 無回答
日本 11.2 24.3 24.6 18.6 12.7 4.2 3.5 0.8
ベトナム 15.0 5.0 35.0 30.0 10.0 5.0    
ブラジル   50.0 33.3     16.7    
韓国・朝鮮 16.7 16.7 16.7 16.7 16.7   16.7  
日本 15.9 6.8 16.9 28.5 22.0 6.4 2.7 0.7
ベトナム 33.3     66.7        
ブラジル 14.3 14.3 28.6 14.3 14.3   14.3  
韓国・朝鮮     33.3     33.3 33.3  
表2-3. ルーツ別・小中別  習い事状況                                      (人)
  音楽
教室
バレエ 水泳、
テニス、
柔道等
習字 算盤 学習塾 家庭
教師
公文
教室
英語
教室
通信
添削
日本


892人中→
242 20 389 243 67 222 28 126 152 134
124 18 158 138 54 215 42 67 64 56
366 38 547 381 121 437 70 193 216 190
(%) 41.0 4.3 61.3 42.7 13.6 49.0 7.8 21.6 24.2 21.3
ベトナム


23人中→
2 0 5 4 1 4 1 1 3 1
1 0 0 1 0 1 1 0 1 0
3 0 5 5 1 5 2 1 4 1
(%) 13.0 0.0 21.7 21.7 4.3 21.7 8.7 4.3 17.4 4.3
ブラジル


13人中→
1 0 3 1 0 1 0 0 1 0
1 0 4 0 0 2 0 2 2 1
2 0 7 1 0 3 0 2 3 1
(%) 15.4 0.0 53.8 7.7 0.0 23.1 0.0 15.4 23.1 7.7
韓国・朝鮮

9人中→
1 0 4 2 0 2 1 3 2 2
0 0 2 0 1 2 0 0 0 1
1 0 6 2 1 4 1 3 2 3
(%) 11.1 0.0 66.7 22.2 11.1 44.4 11.1 33.3 22.2 33.3
表2-4.  小中別・ルーツ別「非通塾」割合       (%)
日本 ベトナム ブラジル 韓国・朝鮮
26 70 66.7 16.7
8.8 66.7 57.1 33.3

2-5.  通塾の有無別 校外学習時間

 

校外学習時間

0時間

0.5時間

1時間

2時間

3時間

4時間

5時間

無回答

合計

非通塾

度数

55

93

65

24

12

3

2

1

255

 

期待度数

32.7

46.4

57.5

55.6

39.4

12.7

8.9

1.9

255

 

調整済み残差

4.9**

8.8**

1.3

-5.6**

-5.6**

-3.3**

-2.8**

-0.8

 

通塾

度数

66

79

148

182

134

44

31

6

690

 

期待度数

88.3

125.6

155.5

150.4

106.6

34.3

24.1

5.1

690

 

調整済み残差

-4.9**

-8.8**

-1.3

5.6**

5.6**

3.3**

2.8**

0.8

 

合計

度数

121

172

213

206

146

47

33

7

945

 

期待度数

121

172

213

206

146

47

33

7

945

**p <0.01:調整済み残差の有意水

**p <0.01:調整済み残差の有意水準

 次に、「学習時間ゼロ」の層を民族ルーツ別にみてみると(表2-2)、ベトナム人中学生において3割と高い割合になっている。しかし、一律にベトナム人生徒が勉強しないわけでは無論なく、定住化が進んで安定したベトナム人家庭の子どもの中には、学習塾で勉強し、家庭教師もつき、水泳などのスポーツ教室にも通い、全日制高校への進学を目指して4時間近く毎日勉強している子もいる。「勉強する子」と「しない子」の二極化の傾向や民族集団内部の分化の実態も垣間見える。
 習い事の有無には、親の経済状況や教育関心の多寡が反映する。表2-3は、「どんな習い事をしているか/したことがあるか」という質問に対する複数回答の結果を、ルーツ別・小中別に示したものである。水泳などのスポーツ教室や学習塾は、どの集団においても上位2位に入っている。しかし、校外学習時間を左右する学習関連の習い事に着目すると、韓国・朝鮮系の場合は日本人と同程度かむしろ多いが、ベトナム人においては顕著に少なくなっている。また、ブラジル人の場合、スポーツ教室や英語教室に通う者は日本や韓国・朝鮮と同様に多いが、学習塾に通う割合はベト

ナム人と同程度の2割強に留まっている。
 表2-4は、学習塾を含め、家庭教師、公文教室、英語教室、通信添削など学習関連の習い事を一切していない状態を「非通塾」とし、その子どもの割合をルーツ別にしたものである。日本人、韓国・朝鮮系の子どもたちとは対照的に、ベトナム人、ブラジル人児童生徒の6割〜7割が学習関連の塾に全く通っていないことが分かる。
 こうした通塾の有無は、子どもの校外学習時間を大きく左右しており(χ²(7)=155.05, p<.01)、残差分析の結果(表2-5)から、非通塾組では放課後ほとんど勉強しない子が多く、逆に2時間以上勉強する子は少ないことがわかる。1時間程度の学習時間帯では、通塾による有意差はみられないが、学校の宿題などをしていれば、1時間くらいは勉強することになるのだろう。
 いずれにせよ、学習離れは非通塾組の子どもに顕著に起こっているといえよう。そして、非通塾率が6割〜7割も占め、家庭学習も不足しがち(表2-6)なベトナム人、ブラジル人の子どもにおいて、事態はより深刻である。

表2-6. 言語別にみたニューカマー児童生徒の学習指導に関する課題              2000年4月   (%)
項目 ポルトガル語* 中国語 スペイン語* ベトナム語
学習言語としての日本語が確立され
ておらず、基礎学力が定着しにくい
87.5 47.1 58.8 68.2 65.7
家庭学習が不足しがち
(保護者の協力が得にくい)
59.3 17.6 35.3 77.3 45.7
*ブラジル人の母国語:ポルトガル語、ペルー人の母国語:スペイン語       出典:兵庫県教育委員会人権教育課データ

 表2-6は、ニューカマー児童生徒の支援のためにサポーターが派遣されている県内の学校のうち、中国語32校、ポルトガル語34校、スペイン語17校、ベトナム語22校を対象に、ニューカマーの子どもの学習指導に関する課題について、アンケート調査した結果を抜粋したものである。
 まず、抽象レベルの「学習思考言語」としての日本語の習得が、ニューカマー児童生徒に共通の課題であることが分かる。特に、ブラジル人、ベトナム人児童生徒に高い割合となっている。実際、日常会話レベルでは「全く問題ない」とみなされる日本生まれや幼少期に来日した子どもであっても、学年が上がるにつれて学習につまずくことが多いことから、ニューカマーの子どもにとって、「ことばの壁」の問題とは、「話しことば」の日本語ではなく、学校の授業で使用されるような「抽象思考言語」の日本語であることが指摘されてきた(太田、2002)。普段から日本語のニュース番組を見る、新聞を読むなどの習慣がない家庭で育ち、抽象語彙に接する機会がないと、会話レベル以上の読み書き能力や学齢相当の基礎学力の定着もままならず、結果的に「低学力」に陥ってしまう可能性が高いことが報告されている 。
 「家庭学習が不足しがち」な点についても、ベトナム人・ブラジル人児童生徒の課題として強く認識されている。「保護者の協力が得にくい」というのは、親の日本語が不十分で、子どもに勉強を教えられないという側面が無論ある。しかし、むしろ、親が朝早くから夜遅くまで働き、子どもの教育に関心を向ける余裕がない、子どもの生活全般に目が行き届いていないという現実の方が、子どもの家庭学習を困難にしていると考えられる。このことは、聞き取り調査の中でもしばしば

聞かれたことである。今回のアンケート調査でも、家庭で困っている点が「親が忙しすぎる」ことだと答えた子どもの割合は、ブラジル人においては過半数を占めている(ブラジル:53.8%、ベトナム:26.1%、韓国・朝鮮:22.2%、日本:18%)。
 ベトナム人の親については、失業状態にある世帯が26.1%(日本:3.0%、その他のルーツは該当なし)と突出して高く、家庭の問題として「家のお金が少なくて大変」と答えたベトナム人児童生徒の割合は34.8%に及ぶ。「勉強どころではない」家庭環境にある子どもたち が、「学習時間ゼロ」の層と重なり合っているものと考えられる。
 こうして、家庭学習において親に頼ることが全くできない、塾にも行けない家庭環境にある子どもにとって、学習の場は「学校だけ」という現実が見えてくる。しかし、唯一の学びの場であるはずの学校で、勉強についていけないために学習意欲を失ってしまい、自らドロップアウトしていく子どもたちが少なくないのである。

2.2. 学習意欲における格差
 苅谷ら(前掲)による調査結果は、学習離れと学力低下が、子どもの生まれ育つ家庭の社会文化的な環境の影響を受けた現象として生じていること、さらに家庭環境による格差は、学習時間や読書習慣、学校の宿題、予習、復習といった学習行動面だけに見られる現象ではなく、子どもたちの「学ぶ意欲」にまで影響を与えていることを明らかにしている。
 社会文化的階層が下位グループの子どもたちほど、「出された宿題はきちんとやる」「嫌いな科目の勉強でも頑張ってやる」「家の人に言われなくても自分から進んで勉強する」「勉強は面白い」

 「勉強は将来役に立つ」などの学習意欲項目について、「あてはまる」と答える者の割合が低く、逆に、「成績が下がっても気にならない」という、いわば学びから「降りてしまった」態度を示す項目には高くなるといった形で、子どもの学習意欲にも家庭の環境差が大きく現れているというのである。
 では、本調査の結果はどうなっているだろうか。学校で授業がどれだけわかっているのかが、学習意欲を高める重要な要因である(苅谷、2003)。そこで、学校生活で困っていることとして、「勉強がよくわからない」という項目に「はい」と答えた者の割合を、日本と外国のルーツ別で示したのが、表2-7である。「勉強がよくわからない」と答えている外国人児童生徒は、44.4%と日本人の倍近い割合だ。しかも、来日時期の別でみると、2000年前に来日した滞在期間の長い子どもの方が「よくわからない」と答える割合が高くなっている。「勉強が得意か苦手か」という質問に対しても、長期滞在の子どもの方が「苦手」と答える率が高い。「日本語が不十分」とみなされる来日年数の浅い子どもよりも、「日本語指導が必要ない」とされる長期滞在の子どもの方が、何のケアも得られない分、「勉強がよくわからない」まま学年だけが進んでしまい、苦手意識が定着してしまう可能性があるということだ。学習支援の対象を「来日3年未満の日本語が不自由な子ども」に限定することの弊害は大きいと思われる。
 「移民第二世代の子どもたちの縦断的研究」(The Children of Immigrant Longitudinal Study:米国の新移民集住都市圏の49の学校に通う平均年齢14歳の5,262名の生徒を対象にした大規

模な社会学的調査)の結果も、長期滞在化が学習理解に有利に作用しておらず、逆に、会話能力を含めた文化的同化の度合いが高まるにつれ、頑張る態度や学習意欲もマジョリティ生徒並に薄れ、学業達成に負の効果を及ぼす傾向が強い(Portes & Rumbaut, 2001)ことが判明している。
 さらに、民族ルーツの別でみると(表2-8)、外国人児童生徒を一括りにはできないことがよく分かる。「勉強がよくわからない」と答えたベトナム人、ブラジル人児童生徒が過半数を占めるのに対し、韓国・朝鮮系の子どもにおいては、日本人の子どもよりも少ない1割となっている。勉強がよくわからないのは誰か、学習意欲を失っているのは誰かが、分かりやすい結果である。
宮島(1999)は、教育的社会化において「属性的文化的要因」(本人の努力では容易に克服できない文化的諸条件)によって不利を被っている諸個人を「教育マイノリティ」と呼び、当人の出身と成長環境に左右される文化的要因(言語習慣、知識世界、学び方の態度・行動性向)が学校適合的でないと、教育を受ける上での大きなハンディキャップとなり、進学が困難となると指摘した。
 家庭の社会経済的要因だけでなく、この「属性的文化的要因」が、ベトナム人やブラジル人の子どもたちの学習意欲に負の作用をもたらしていると考えられる。そして、学校での勉強がわからなくなり、学習から早期に降りてしまうことによって、日本の学校システムの階層構造の中で、「教育マイノリティ」化を余儀なくされているといえるのではないだろうか。 

2.3. 進学希望における格差
 ここまでに、姫路の小中学生の学習時間と学習意欲における格差が、通塾組と非通塾組の間に確かに存在し、それが、日本人と外国人の間の格差として、民族ルーツ間の格差を伴いつつ存在することを確認した。学習行動や学習意欲は進学希望に相互影響的に作用していると考えられるが、最後に、子どもたちが抱く進学希望についても格差が現れているのかを見ていこう。
 表2-9は、全国と姫路の小中学生の進学希望を小中別・男女別にみたものである。「大学以上」を選択する者が、全国・姫路を問わず、小中を問わず、男女とも、多くなっている。小学生で3割〜4割近く、中学生で4割〜6割近くが大学ないし大学院までの進学を希望している。一方、男女で比較すると、全国・姫路とも、小中を問わず、女子の「短大・高専・専門学校」の選択率が男子の2倍以上となっている。「大学以上」の進学を考えている者の割合も、全国データの小学生を除き、すべて男子が女子を上回っており、高等教育への進学希望のあり方にジェンダー差がみられる。
 こうした大学(学部)への進学率の男女差は近年縮小しており、全国小学生の「大学以上」希望者に男女差がないのはそうした傾向の反映と思われる。しかし、姫路データでは、「大学以上」の進学希望に小学校段階から男女差がみられる。
 また、「中学校まで」でよしとする、早期に「学歴から降りる」選択をしている者の割合も、男子が女子を上回る傾向にある。佐藤(前掲)によれば、日本の子どもの「学びからの逃走」現象は、その開始時期に男女差がみられ、男子は小学校高学年という早い段階から、女子は中学校段階から学習離れが始まり、勉強熱心な3割と勉強嫌いの7割に分岐する傾向があるという。男子の方が早期に学習離れを開始するため、学歴資本の獲得を早めに見切ってしまう傾向があるということかもしれない。

 また、前述のIEA国際比較調査(2.1, p.6)の結果から、日本が、先進諸国の中で「学力の男女差が拡大する」例外的な国の1つとなっていることも判明している。世界の先進諸国に比べると日本の方が、そして、全国に比べて姫路の方が、子どもに対する学歴期待の仕方にジェンダー差が強いということなのだろうか。
 また、姫路データは、「中学校まで」を選択する者と「大学以上」を希望する者が、全国データに比べて高い傾向があり、高学歴・低学歴の二極化の傾向がみられる。姫路データに「中学校まで」と答える者が多いのは、経済的に厳しい世帯が重なるニューカマー多籍校が偏向するサンプル構成のためであろう。実際、学校別・男女別にした表2-10で、誰が「中学校まで」を選択しているのかをみると、ニューカマー多籍校であるA小、B小、Y中で割合が高くなっている。C小については、ニューカマー多籍校といっても、表1-3のプロフィールにあるように、国籍が様々であり、親の学歴も「中卒」・「大卒以上」のどちらも共に多いため、全体としては相殺され、特徴がはっきりしないものと思われる。ただ、C小は全国小学生と比べても高学歴志向がみられ、学校ないし調査実施クラスの環境など、別の影響もあるものと思われる。
 さらに、表2-11 で、どの民族ルーツに「中学校まで」の選択者が多いかをみると、ブラジル人男子の50%が突出している。次いでベトナム人男子18.2%、ベトナム人女子8.3%が続く。ただ、「まだわからない」と答えたベトナム人男子が54.5%も存在し、過半数の者が将来の展望が描けないでいる状況が浮かび上がってくる。その一方、ベトナム人女子については、「大学まで」の希望者が最も多く、「まだわからない」と判断できずにいる割合も日本人並だ。こうした男女差については聞き取り調査の中でも言及されており、ベトナム人男子生徒が問題行動に走りがちで「勉強どころではない」のに対し、女生徒は真面目に勉強に取り組む傾向にあるとのことだった。ブラジル人女子についても、男子とは対照的に、「大学以上」の希望者が57.2%と最も多くなっている。
 移民第二世代の研究では、親の社会経済的地位や家族構造と並びジェンダーが第二世代の子どもの学業達成を左右する重要な変数の1つとされている。女性であることがホスト社会における

言語文化適応や学業達成、高等教育への進学意欲にプラスに作用する(Portes & Rumbaut, 前掲;Portes & MacLeod, 1999)というのである。ベトナム人、ブラジル人の女子の傾向も、こうした知見に一致する。反対に、日本人や在日韓国・朝鮮系の子どもについては、学校文化の中で男子優先が自然という日本社会(ないし在日社会)のジェンダー規範からか、「大学以上」の学歴を希望する女子の割合が男子に比べて低く、ワンランク下の「短大・高専・専門学校」を希望する傾向が強い。
 いずれにせよ、本節で明らかになったブラジル人男子、ベトナム人男子に顕著に見られる「低学

歴」志向は、学校での勉強がわからない、放課後に家庭や塾でそれを補う術もない結果としての、「やむをえざる選択」という側面が大きいだろう。
そして、このことは、日本人・外国人を問わず、民族ルーツを問わず、親の人的資本に恵まれない、学業達成に不利な家庭環境に育つ子どもたちに共通の問題だ。しかし、ニューカマーの子どもにおいては、言語文化的・民族的属性の不利も加わる形で、高等教育へのアクセスどころか、「中学校まで」で進学をあきらめざるをえないという 、教育機会の不平等の拡大・再生産の問題として立ち現れているのである。

表2-9.  全国と姫路の別・男女別 進学希望                         (%)
  性別 中学校 高等学校 短大・高専

専門学校
大学以上(大学院) その他

の学校
まだ

わからない
無回答
全国小学生

(2000)
3.4 35.9 7.1 37.2(3.9) - 17.4 -
2.1 29.3 14.3 37.2(2.8) 0.2 17.0 -
姫路小学生

(2002)
5.2 23.7 8.0 39.4(6.6) 0.7 21.3 1.7
4.3 23.2 20.9 31.0(2.3) - 19.8 0.9
全国中学生

(2000)
0.3 29.8 10.7 52.6(3.0) - 6.6 -
0.9 24.3 29.8 37.1(2.5) - 8.0 -
姫路中学生

(2002)
2.1 17.1 10.8 57.9(4.3) 1.4 10.0 0.7
0.6 16.0 26.6 41.4(4.1) 1.2 13.6 0.6
表2-10.  学校別・男女別 進学希望                            (%)
学校 性別 中学校 高等学校 短大・高専

専門学校
大学以上(大学院) その他

の学校
まだ

わからない
無回答

  A小   

4.5 31.5 5.4 32.4 (4.5) 1.8 20.7 3.6
8.7 30.4 22.5 21.7 (1.4) 15.9 0.7
  A小    7.0 20.2 10.5 38.6 (7.0) 23.7
2.4 17.9 21.1 31.7 (0.8) 26.0 0.8
  A小    1.6 16.4 8.2 54.1 (9.8) 18.0 1.6
18.6 18.6 44.2 (5.8) 17.4 1.2
  X中    5.0 15.0 65.0 (2.5) 12.5 2.5
13.3 28.9 37.8 (4.4) 20.0
  Y中    4.2 29.2 50.0 (4.2) 16.7
20.0 22.2 46.7 (4.4) 2.2 8.9
  Z中    21.1 12.7 59.2 (5.6) 2.8 4.2
1.3 14.1 28.2 41.0 (3.8) 1.3 12.8 1.3
表2-11.  民族ル−ツ別・男女別 進学希望                        (%)
ルーツ 性別 中学校 高等学校 短大・高専

専門学校
大学以上(大学院) その他

の学校
まだ

わからない
無回答
 日本人 3.0 22.6 8.8 46.6 (6.0) 1.0 16.5 1.5
3.0 21.1 22.9 33.8 (2.4) 0.2 18.1 0.8
 ベトナム 18.2 9.1 9.1 − (9.1) 54.5
8.3 16.7 16.7 41.7 (−) 16.7
 ブラジル 50.0 16.7 16.7 16.7 (−)
14.3 14.3 57.2 (28.6) 14.3
 韓国・朝鮮 20.0 60.0 (−) 20.0
25.0 50.0 25.0 (25.0)

3. おわりに 
 多文化教育は、男女両性及びあらゆる社会階層、人種・エスニック集団の生徒が、平等な教育機会を経験できるように、学校や教育機関を創り変えていくための教育改革運動である(バンクス、1999)。
 経済活動のグローバル化と国境を越えた人の移動は、世界各国の「多文化社会化」をもたらし、多様化した社会の構成員をいかに平和的に統合していくかが、各国の重要な政策的課題となった。そして、社会の人口動向に対応していく過程で、多文化教育は世界的な広がりをみせ、その名称と実践は様々に変遷しながらも 、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、EU諸国の教育改革において、主要な戦略の一つとなってきたのである。
 そうした教育改革の流れの背景には、一つには、社会の主流から構造的に排除され、周辺化を余儀なくされていた国内マイノリティや外国人移民を、人口動向上もはや無視し続けることはできないという現実認識があった。今一つには、知識経済社会へと産業構造が移行するポスト工業化社会で、高度なIT技術を備えた「情報労働者(information workers)」(Mortimer & Larson, 2002)への増大するニーズに、少子高齢化が急速に進む国内マジョリティ人口だけでは対応しきれないという危機意識もあった。
 それは教育機会の不平等によって学業達成を

阻まれ、「ライフ・チャンス」 を阻まれてきたマイノリティ青少年を、未来社会を担う貴重な人的資源と見直し、かれらに対する補償教育型アプローチを、統合教育型アプローチに転換していくことであり、従来のマジョリティ国民だけを視野に入れた公教育の理念・制度・カリキュラム・教材の中身を、すべての子どもたちの多様性を反映した「より公正なもの」へと再編成していくことであった。そして、国家内、地域内の多文化共生を目指して、教育を再構築していく過程であった。
 しかし、日本の教育改革論議の中では、こうした多文化教育の視点は、まだ極めて周辺的なものに留まっている。
姫路市の小中学生においても、教育の階層格差は、社会経済的階層差ばかりでなく、民族や文化の階層差と重なり合いつつ、男女差を伴って存在している。このまま、自己選択・自己責任・自助努力に軸足をおいた「新保守主義・新自由主義」の教育改革を推し進めていけば、選択の手段を持たない家庭の子どもたちは、平等な教育機会からますます遠ざけられてしまうだろう。
 こうした教育機会の不平等の拡大は、放置し続ければ、反社会的行為の増加という治安の問題にも繋がっていくことは欧米の先発経験国で実証済みである。教育による不平等の拡大・再生産に伴う悪循環の連鎖を、教育によって戦略的に断ち切るために、先発経験国は、多文化教育に軸足を移した教育改革を模索してきたのである。

 日本国内の外国人人口も、既に200万人近くに至っている。国際結婚の増加と「ニューカマー外国人のベビーブーム」を背景に、日本で生まれ育つ子どもたちの中に占める「外国にルーツを持つ子どもたち」の割合も、少子高齢化が急速に進む人口構成の中で、今後も拡大していくことが予測される。
 こうした日本社会の人口動態と文化の実態に対応していくために、まずは、「社会と教育の関係をマクロに問う視点」(志水、2003)が求められる。そして、すべての子どもたちに必要不可欠な基礎教育として、多文化教育を公教育改革の枠組の中で制度化していくことが肝要である。特別な日に、特別な講師を招いて国際理解教育を実施するのではなく、普段の授業の中でどの教師でも実施可能な、システムとしての多文化教育を導入していく必要がある。
 さらに、すべての子どもたちに、階層を超えて学力保障をしていくために、放課後の時間などを利用した公的学習支援の場を提供していくことも必要だ。既に、学校の日本語教室を「学童保育」兼「学習支援」の場として利用し、専任教員が毎日放課後の一定時間、ベトナム人の子どもたちの学習支援を展開している学校もある。日本人・外国人を問わず、共働き世帯が増えている今日、様々な学習や体験の機会を、すべての子どもたちにアクセス可能な形で提供する放課後支援体制 への社会的ニーズが高まっている。こうした試みが、各学校に広まっていくことを期待したい。

<注>

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ただし、日本名を使用している場合が多く、正確に実数把握をしている学校は少ない。

姫路市には、1979年12月から1996年3月の間、インドシナ難民受け入れのための「姫路市定住促進センター」が開設されていた経緯から、姫路市の外国人登録者はベトナム籍が韓国・朝鮮籍についで多いのが特徴である。この入管法改定により、「日系人」に「活動制限のない在留資格」が与えられ、事実上合法的な形での単純労働就労が可能となったため、その後「ニューカマー」として南米諸国や中国から「日系人労働者」の大量流入が進んだ。詳細は関口(2003a)を参照されたい。
第二次世界大戦時あるいはそれ以前に中華民国、関東州及び「満州国」に居住し、敗戦後の集団引き揚げもできずに「残留」を余儀なくされ、日中国交の1972年以降に中国から「帰国」してきた「中国残留日本人孤児」や「中国残留日本婦人」とその家族のこと。
南米日系人住民が多数居住する都市が2001年に設立した外国人集住都市会議は現在15都市(静岡県浜松市・磐田市・湖西市・富士市;愛知県豊橋市・豊田市;三重県四日市市・鈴鹿市・上野市;岐阜県大垣市・可児市・美濃加茂市;群馬県太田市・大泉町;長野県飯田市)が加入し、外国人の子どもたちの教育などに連携して取り組んでいる。外国人集住都市公開首長会議により採択された「浜松宣言及び提言」はhttp://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/admin
/plan/kokusai/kaigi_04.htm
で公開されている。
マイノリティの子どもたちの不就学や中退の問題は、70年代以降、諸外国でも問題視されてきた。旧西ドイツではマイノリティの子どもの約25%が未就学で、中退する生徒は50%にのぼると報告されている。デンマークでは、マイノリティの大半を占めるトルコ系移民とパキスタン系移民の子どものうち、中学課程を修了することができた者は一人もいなかった(ロメイン、1997)。しかし、日本と同様に、民族国家のスタンスを堅持し続けてきたドイツは、本格的な高齢化社会の到来を前に、外国人移民を貴重な戦力として、経済・社会の活性化に積極活用する方針に切り替え、従来の移民政策の抜本的な見直しを進めている。移民の統合促進へと国家のあり方の大転換を目指すドイツは、長期滞在を念頭に語学研修、子女教育などの社会適応を促進する政策を打ち出し始めている(日本経済新聞「独、痛み伴う改革へ一歩、国家の将来像見据える」2003年10月3日夕刊pp.14-15)。
生涯学習政策局調査企画課「教育指標の国際比較」(平成15年版) によれば、2002年高校進学率は全日制進学者93.9%,定時制・通信制(本科)及び専修学校(高等課程)への進学者を含めると97.3%となっている,
例えば、ブラジル人集住地の群馬県太田市では、2003年9月、外国籍の保護者と子どもを対象に、母国語を通して必要な情報を提供する初の「外国人向け進路ガイダンス」を市教育委員会が開催した。また、2003年2月から試験的に市内の各小学校で、ポルトガル語を中心にバイリンガル授業を行い、日本語が分からない児童の学力向上を図るための対策に乗り出している。一方、構造改革特区制度に基づき、国語を除く一般教科の授業を英語で行う小中高一貫校の「太田英語教育特区構想」の申請を行うなどの対策も打ち出し、第1号で認定を受け、平成17年4月開校予定だ。
兵庫県内では、ニューカマー外国人児童生徒に対する教育は、「日本語指導推進教員」の加配と「子ども多文化共生サポーター」(子どもの母語を理解するバイリンガル補助員)の派遣が主であり、2002年度以降は、多文化共生推進事業の一環として兵庫県人権教育課が担当している。
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初等中等教育局国際教育課「日本語指導が必要な外国人児童生徒の受入れ状況等に関する調査(平成14年度)」参照。
ここでは、親の世代までに外国ルーツを持つ者とした。
こうした社会言語学の言語障壁理論については、太田(前掲);ロメイン(前掲、pp.245-261);Cummins(1981)などを参照されたい。
在日ベトナム人家族の階層分化構造と階層ごとに異なるベトナム人青少年の生活と意識の実態についての詳細は、新垣・浅野(2002)を参照。
具体的には、兵庫県在日外国人教育研究協議会(2002)の第6章を参照。
例えば、EUでは「異文化間教育」(intercultural education)という名称が一般的に使われているが、その教育は、1970年代:EU域外移民・域内移民の異文化への対応としてのマイノリティ補償教育→1980年代:移民の定住化と文化的多様性に対応した、移民への教育の「拡大」としての統合的教育へ→1990年代:「異文化間教育」としての再構成(受け入れ側の教育も射程に入れ、マイノリティ・マジョリティ双方への教育)という変遷を経てきた(吉谷、2001)。
ライフチャンス(生活機会)とは、教育機会や就業機会などを含む人生の選択機会のこと。詳細はエスピン-アンデルセン(2001)を参照。
母親の70%が有職者である北欧諸国では、20人以下の小人数制で学校教育を充実させると同時に、非行防止のために放課後支援体制の整備にも積極的に取り組んできた。例えば、コペンハーゲンのある学区では、コーラス、美術、サッカー、数学などの教科に至るまで多彩な課外活動の機会を行政が提供しており、小学生から高齢者まで安い料金で参加できるため、子どもたちにとっては、多様な人と出会い、視野を広げる場、自己啓発と能力開発の機会として機能しているという(山中Y子「論点 ゆとり教育を支える体制を」読売新聞、2002年9月20日、13版、p.17)。