中国残留邦人の父と二世の私と遥かなる絆

−城戸久枝さんに聞く−

中国残留邦人をテーマにしたNHK土曜ドラマ「遥かなる絆」現在好評放映中!
 2009年4月18日(土)から毎週土曜(全6回)
  NHK総合午後9:00〜9:58
  NHKBShi午後5:55〜6:53

 中国残留孤児の父と、その娘の物語が「遥かなる絆」としてNHK総合テレビで放映されています。非常に好評です。是非ご覧ください。
 この物語は、第39回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した城戸久枝原作「あの戦争から遠く離れて」をドラマ化したもので、日中国交回復前の1970年に帰国した父城戸幹さんとその娘城戸久枝さんの物語です。

 放映に先立つ4月15日の昼下がり、著者に虎ノ門の援護基金事務局に来ていただき、中沢常務がインタビューを行いました。




中沢

 本日はお忙しい中、おいでいただき、ありがとうございます。私どもは中国からの帰国者に対して様々な援護をしている団体です。城戸さんに、中国帰国者が日本で生活していく上で励みになるようなお話をお聞かせいただきたいと思っています。本日のお話は援護基金の機関誌に掲載させていただきますのでよろしくお願いします。
 さて、NHKの放映おめでとうございます。ホームページに、ご両親と手を取り合って喜んだと有りましたが。

城戸

 ありがとうございます。話は戦争が終わったところから始まります。もちろん、この話の発端は戦争ですが。

中沢

 10年ほど取材をされたそうですが、書き始めたのはいつからですか。

城戸

 書きたいと思ったのは1997年でした。私はそれまで父を受け入れられませんでした。中国に短期留学して、父の物語を後世に残さなければ、と強く思いました。

中沢

 それまでは「中国残留邦人」ということについて実感がなかった…。

城戸

 私は1996年8月から1か月中国に短期留学しました。そのときは今どきの大学生が海外に行くような気分でした。大連の日本の建築物を見ても、ただスゴイな、という感じでした。それが、マンホールの蓋に満鉄のマークを見つけて、急に身近になったのです。

中沢

 「M」の字ですね。ところで、本によればお父さんは大変な努力家でいらっしゃる。帰国直後はだいぶ苦労されたようですが、今は日本語についてはあまり問題ないようですね。しかし、電話の声が大きいことなど生活習慣にかかる問題についてはまだあるとのことですが、現在はどうですか。

城戸

 父は、日本で会社の営業をしていたくらいですから、日本語はうまい方だと思います。今度、本人が本を出すくらいですから。たまにアクセントがおかしいことがありますが、父の経歴をご存知でない方は、「伊予の方言」だと思っているようです。

中沢

 お父さんは努力家ですね。

城戸

 娘の目から見てもかなりの努力家だと思います。帰国したときは若かったので仕事は有りましたが、1970年に帰国したので、国からの支援は何もなく、すべて自分でやるしかなかったわけですから大変だったと思います。

中沢

 本の中に、お父さんが「大地の子」を見て、「あんな甘いもんじゃない」と言ったという話が出てきますね。

城戸

 中国残留邦人の方々は、置かれた状況、立場がひとりひとり違いますが、父の場合は、文化大革命の最中ですから、恐怖感とのたたかいの日々だったと思います。

中沢

 城戸さんはお父さんの足跡を訪ねて中国各地を回られたわけですが、中国に留学していた時、その後訪問した時など、居たところ、居たところで感じ方が違いますか。

城戸

 中国へ短期留学するまでは、娘は聞かない、父は話さない、という状況だったわけです。
 父のことを知りたいと思ったのは大連でですね。しかし、父はそれでも話そうとはしませんでした。その後2年間の留学を経て、自分で他者との関係を築いていく中で、大人になっていく過程で、すこしずつわかるようになってきたということだと思います。知らなかったことがわかるようになってきたということですね。

中沢

 それにしてもお父さんの「帰国する」という執念はスゴイものがありますね。占い師の寧さんがお父さんにつながることを思い出すという「運」もあったわけですが。

城戸

 中国に居ても未来がない、ということに基づくものでしょう。父は日本人なのだから日本に帰るのだ、帰りたいという気持ちと、養母と堅い絆で結ばれていて、離れがたいという気持ちとの間で、大変な葛藤が有ったと思います。

中沢

 お父さんと養母とは固い絆で結ばれていたわけですから、大変心の葛藤があったと思います。このような養母に育てられたということを私たちは忘れてはいけませんね。

城戸

 養母に対する思いはとてつもなく重いものがあったと思います。なら、何故日本に帰ったのだという人がいますが、父は帰らざるをえなかったのです。
中国残留邦人は人によって環境が異なります。父と養母の場合はいい出会いでした。しかし、単なる労働力として育てられた人もいます。父の養母の場合には、父に対して本当の息子として接していました。

中沢

 中国人の懐の深さを感じますね。

城戸

 国と国の関係は難しいが、人間同士ではすごく近くなります。家族の絆は強いですね。今の私たちに、養母のようなことができるだろうかと思うことがあります。

中沢

 NHKで放映されることをどう思いますか。

城戸

 「大地の子」が放映された頃、私は学生でした。訪日調査や帰国する姿が報道されることもあり、「大地の子」はリアルな存在でした。中国残留邦人という忘れられた存在が、改めて思い起こされることはよかったと思います。父は努力家という点で特殊なところもあるが、千人の中国残留邦人がいれば千通りの対応が必要なのだということを知ってほしいと思います。

中沢

 帰国者はまだまだいます。今、所沢の定着促進センターには11世帯47名の入所者がいます。年間20世帯100名以上帰国しているわけです。

城戸

 帰国時期が遅くなればなるほど、大変になります。年をとればとるほど言葉を覚えられません。日本語が不自由だと「中国人」と言われることもあります。二世、三世の方々が自立していくことも重要でしょうね。

中沢

 援護基金では、就学資金の貸し付けをして二世、三世の自立の手助けをしています。二世、三世が自立していくことは、孤児に対する援助にもなります。

城戸

 二世、三世は独立することが何よりも重要ですね。二世が独立しないまま50歳くらいになると、言葉ができないまま孤立していく恐れがあります。どんなことが今後につながる可能性が有るのかわかりませんが、二世、三世には中国語も日本語も出来る人がいます。何かできないでしょうか。私は二世といっても日本生まれですからちょっと違いますが。

中沢

 城戸さんはかなり流暢な中国語ができると伺っていますが。

城戸

 私の中国語はかなりなまっています。一世の方にあなたの中国語はわからないよと怒られたこともあります。

中沢

 城戸さんとしては、これからどのようなものを書いていこうと考えていますか。

城戸

 私としては、日々のことを書いていきたいと考えています。ぞれぞれの方にそれぞれの言葉で語っていただいたことを書いていきたいと思っています。

中沢

 本日は、ありがとうございました。ますますのご活躍を願っています。


 城戸久枝さんのお顔は本にもカバーにも掲載されていましたので、すぐわかりました。写真も実物も温厚そうなお人柄。インタビューも和気藹々と進みました。
しかし、はじめてお父さんが行動したことに話が及ぶと、目に光が。あぁ、この方は本当にお父さんを誇りに思っているのだな、と感じた瞬間でした。いい父といい娘とは、城戸幹さんと城戸久枝さん親子のような関係のことでしょうか。
 因みに城戸幹さんの著作の題名は「あの戦争から遠く離れて外伝 『孫玉福』三九年目の真実」です。